CAR & BIKE NAVI(自動車とバイクの情報)
自動車とバイク関連サイト専門のリンク集。
細かくカテゴリー分けされていて、各カテゴリーともかなりの数のサイトが登録されている。
ちょっと数が多すぎて探しにくいのが難点だがブラウザーの検索機能などを使えば結構いけるかも。
CAR & BIKE NAVI内のコーナーの一つである自動車保険のページでは一括見積もりサイトや各社の特徴などを分かりやすく説明している。
また車やバイクの買取査定のページでは各買い取りサイトや一括見積サイトなどが紹介されている。
The車comは車に関する総合情報サイトで地域やカテゴリーごとの検索も出来る。カテゴリーは中古車や日本車などに分かれており、それぞれのジャンルに詳しいサイトなどが掲載されている。トヨタ自動車などのメーカー別あるいは車種別の情報やニュース、リコール情報なども提供されている。
自動車セレクション各自動車メーカーのクルマを車種ごとスペックなどを紹介している。新車購入や買換えの参考にどうぞ。
中古車ガイド中古車購入時の探し方や選び方、下取り・買取査定に出す場合の注意点など。
自動車の概要
外観構造
自動車の構造としては、金属などの丈夫な素材でボデーを形成し、ボデー内部に座席や貨物室などの空間を備え、最前部に運転席を備える。ボデーの最前部や最後部、また上部や下部に走行に必要な機関や機器、制御装置などが組み込まれている形となっている。部品はボンネットを開けると見る事ができるものもある。エンジンやバッテリーが搭載されており、制御回路と共にライトなどが搭載されている。他に前後にランプが付けられたり、バンパーやトランクなどが装備されることもある。また、公道を走行する自動車のバンパー付近にはナンバープレートが付けられる。
自動車ガイド新車購入の際に値引き交渉を有利に進めるコツや見積書の読み方など。
分類
自動車の分類は、乗用車、貨物車、特殊作業車に分類することができる。乗用車は人員を輸送するための自動車であり、自動車の中では最も数も種類も多く、自動車が登場した当初はこの乗用車のみであった。貨物車は自動車の大部分の容積を占める貨物室や、貨物台を備えており、貨物の輸送を前提に作られたものである。特殊作業車は、各種の仕事に応じて専用に作られた自動車であり、例えば土砂を掘削するためのショベルカーや、アスファルトの舗装を行うためのロードローラーなどがこれに含まれる。特殊作業車は、黄色や緑などの派手な色で塗装されることが多い。
また、排気量による分類、車体の大きさによる分類もされることがあり、各国において運転免許の階級によるライセンスの及ぶ範囲を区別するために使用される。
新車購入ガイドディーラーでの見積の取り方やその内容の意味など、新車購入の時のお役立ち情報サイト。
トヨタ自動車カタログトヨタ自動車が製造・販売する各車に関する概要や基本スペック、車種ごとの歴史や中古車情報、新車見積・値引き情報などを掲載。
ホンダ自動車カタログホンダが製造・販売している各自動車に関する概要から基本スペック、車歴や中古車情報、新車見積・値引き情報などを掲載。
売れ筋情報ブログ-自動車セレクションカーナビゲーション カーオーディオ レーダー探知機 タイヤ アルミホイールほか自動車用品・パーツなどの売れ筋商品情報。
自動車販売
新車販売
日本においては、自動車の販売は基本的に自動車ディーラーと呼ばれる自動車メーカー直轄の販売代理店で行われる。このような販売代理店では、他のメーカーの自動車は扱わない(販売店によっては一部他社製OEM車種や、グループメーカー製車種(例・一部トヨタ系販売店におけるダイハツの軽自動車)を扱う場合もある)。自動車メーカー直轄ではない、様々な自動車メーカーの新車を販売する専門店も存在するが、日本国内では少数派である。しかし、世界の主要国では、自動車メーカー直轄ではない販売店が様々な自動車メーカーの新車を販売するケースが主流の国も少なからず存在する。
中古車販売
中古車を専業として扱う店がある。自動車メーカー直轄の販売代理店でも下取りに取った中古車を販売するための、中古車販売事業を手がけるところも少なくない。この場合、自動車メーカー直轄であるものの、他社の中古車も販売しているケースが大半である。
あなたの愛車は今いくら?ガリバーのカンタン無料査定
車種・年式・走行距離 等の簡単な入力で概算価格をお知らせいたします。
【中古車毎日入荷中!】ガリバー中古車ご提案サービス
車種・年式・予算 等の簡単な入力で、全国の新鮮な在庫の中から希望の車を探してお知らせします。
18万台の中古車物件を掲載『カーセンサーnet』
中古車情報誌で有名な、リクルートが運営するクルマ総合情報サイトです。全国18万台から愛車を検索できます。
自動車保険のアクサダイレクト
アクサダイレクトの自動車保険はお客様にとって最も納得のいく保険料・サービスをご提供しています。
「価格.com自動車保険」
自動車保険料を払いすぎていませんか?あなたの年齢やご利用タイプにあわせた保険会社を簡単にお探しいただけます!
車種・年式・走行距離 等の簡単な入力で概算価格をお知らせいたします。
【中古車毎日入荷中!】ガリバー中古車ご提案サービス
車種・年式・予算 等の簡単な入力で、全国の新鮮な在庫の中から希望の車を探してお知らせします。
18万台の中古車物件を掲載『カーセンサーnet』
中古車情報誌で有名な、リクルートが運営するクルマ総合情報サイトです。全国18万台から愛車を検索できます。
自動車保険のアクサダイレクト
アクサダイレクトの自動車保険はお客様にとって最も納得のいく保険料・サービスをご提供しています。
「価格.com自動車保険」
自動車保険料を払いすぎていませんか?あなたの年齢やご利用タイプにあわせた保険会社を簡単にお探しいただけます!
2008年04月30日
RAV4
RAV4(ラヴフォー)は、トヨタ自動車で生産されているSUV型の自動車である。
概要
モノコック構造の乗用車をベースにしたオフロード車「クロスオーバーSUV」の先駆となった車種である。RAV4の成功を受け他社もCR-V(本田技研工業)、エクストレイル(日産自動車)、フォレスター(スバル)などのクロスオーバーSUVを製造するなどSUV市場に大きな影響を与えた。尚、RAV4の登場に先んじて日本市場ではエスクードが販売されていたが、エスクードはデザインやサイズ等はRAV4等のクロスオーバーSUVと酷似しているものの、本質的には堅牢なラダーフレーム構造を持つクロスカントリー車であるという点で異なる。
初代RAV4は本国の日本でいう「5ナンバーサイズ」に収まるコンパクトなサイズのSUVであったが、モデルチェンジのたびにボディサイズを拡大、2代目で3ナンバーサイズとなった。そして3代目は日本国外での販売を重視した事もあり、全幅が「5ナンバーサイズ」を大きく超える1815mmになるまでに至った。これにより、RAV4は日本ではコンパクトとは言えないサイズとなったが、軽自動車ベースのキャミのフルモデルチェンジを目前に控えており、新型(ラッシュで登場)をひとまわり大きくするため、それに伴う競合を避けるためであろう。
主要市場の欧米においては他車種よりもコンパクトなサイズとなっている。生産はトヨタ自動車田原工場と、グループ会社の豊田自動織機である。
その後RAV4は、SUVのカローラと呼べるまでに世界中で販売台数を延ばしており、欧州全域・北米・南米・オセアニア・中国・東南アジア・南アフリカなど、世界200ヶ国以上で使用される世界戦略車である。
特徴や燃費情報
中古車情報
新車購入
値引き情報
歴史
初代(1994年 - 2000年)
初代トヨタ・RAV4
1993年の東京モーターショーにほぼ市販車の形の参考出品車が披露された後、1994年5月に発売。
セリカなどのコンポーネンツを流用しながらも、ランドクルーザーをはじめとする本格オフロードカーを手がける第三開発センターが開発を担当したことから、フロアパネルは独自のものとされ、リアサスペンションも鍛造リンクを用いた仮想球面支持の専用品となるなど、オン・オフ両面の性能追求のため、惜しみなく技術が投入されることとなった。
パワートレーンは、直列4気筒 2.0Lガソリンエンジンとトランスミッションを横置きに搭載し、ドライブトレーンはベベルギア式のセンターデフを持つ、本格的なフルタイム4WDである。
当初はコンパクトな3ドアシティユースRVとして登場し、他メーカーに競合車がほとんどなかったことや、CMキャラクターの木村拓哉の影響もあり、好評を博す。
1995年4月には、ホイールベースを延長し、居住性と利便性を向上させた5ドアモデル「RAV4 V」(ラヴフォーファイブ)が追加された。
しかし、1995年10月にホンダから同クラスではあるものの、センターデフを省略したスタンバイ4WDとするなど、徹底したコストダウンで低価格戦略を採るCR-Vが発売され、3ナンバーボディとコラム式ATなどを武器にシェアを伸ばしたため、以後苦戦する。CR-Vに対抗するために、スポーツエンジンである3S-GEを搭載した3ナンバーボディのスポーツモデル、Type Gも追加された。
シティユースを目的とした車ではあるものの、余裕のある最低地上高や優秀な4WD性能、及びボディ下部が破損しにくい樹脂プロテクターで覆われている事などから、プライベートでは足回りのチューニングを施しオフロードでも力を発揮させるケースもあった。ボルトオンターボも少数ではあるが販売されている。
RAV4をベースとした電気自動車のRAV4EVも後にフリート発売された。
2代目(2000年 - 2005年)
2代目トヨタ・RAV4
2000年5月に登場。海外戦略を重視した為に、同年のジュネーブモーターショーで海外先行デビューした。カローラ系のコンポーネンツを使用するが、フロアパネルは先代同様に専用設計となっている。エンジンは2WD用に1ZZ-FE(1.8L)と、4WD用に1AZ-FSE(2.0L直噴)が設定されている。グレードは下からX、X-G、エアロスポーツ、ワイドスポーツの4つでそれぞれに4ATと5MTが組み合わされていたが、2003年8月のマイナーチェンジ時にエアロスポーツ、及び各MT仕様が廃止された。
当モデルは、先代の弱点であった室内空間の貧弱さを克服する方策としてボディサイズを拡大し、全モデルで3ナンバーボディサイズとなった(それでも他社製の同クラスSUVに比べると小型であった)。また、先代モデルが3ドアモデルメインの開発であったことに対し、当モデルではより居住空間に優れた5ドアモデルメインの開発が行われた。内外装の質向上も著しく、よりシティユースを志向したモデルであると言える。しかし、走行性能や室内ユーティリティを強化した2代目CR-Vや、レジャーユーティリティとスポーツ性能を両立させたエクストレイル等のライバルに再び苦戦を強いられ、さらには日本国内でのSUVブームの沈静化もあり、最終的に良好なセールスを記録するには至らなかった。反面、欧米では非常に人気が高く、輸出仕様には本革シートを装備したモデルや、ターボエンジンを搭載したモデルも存在している。CMキャラクターは女優の木村佳乃であった。
2000年に制定された低排出ガス車認定制度における認定車第1号であり、最初に同ステッカーをつけたのはこの車種である。
余談だが、当モデルは2004年 - 2005年にかけて、主に関東方面で組織的な車両盗難被害が頻発した経緯がある。他社の同クラスSUVを差し置いてRAV4だけが狙われた理由は不明だが、上位車種が軒並み盗難防止装置を強化し盗みにくくなったこともその遠因であろう。
3代目(2005年 - )
3代目トヨタ・RAV4
2005年11月14日に登場。同年のフランクフルトモーターショーで海外先行デビューした。トヨタの「MCプラットフォーム」を進化させた「新MCプラットフォーム」を初めて採用した市販車。エンジンは1種類で上郷・下山両工場製の2AZ-FE(2.4L)のみ。グレードは下からX、G、スポーツの3つ。全モデルでCVTのみの設定となる。4WD性能はこれまでのビスカスカップリング式フルタイム4WDではなく、電子制御式4WDに変更された。
当モデルは、先代モデルに比べてさらにボディサイズが拡大され、海外市場をより強く意識した内容となっている。また、初代から設定されていた3ドアモデルが廃止され、5ドアモデルのみの設定となるが、日本国内では2007年8月から派生車種ヴァンガードとして発売された海外向け(欧州以外)モデルは、荷室などを延長したロングボディであり、ドア枚数こそ変わらないものの、これまで通りロングとショートの2種類のボディタイプを持つSUVであると言える。
尚、ロングタイプでは3列シートも選択可能で、エンジンは2.4L 直4の他に3.5L V6(北米、豪州等のみ)エンジンも用意されている。
欧州向けは日本と同じサイズのショートボディであり、4WDモデルしか設定されていない。また他の地域ではみられない、1AZ-FE(2.0L)および2AD-FTV(2.2Lディーゼル、135ps)、2AD-FHV(2.2Lディーゼル、180ps)エンジンを搭載したモデルもある。なお、ディーゼルエンジンと組み合わされるトランスミッションは6MTのみとなっている。また、欧州向け右ハンドル車(主にイギリス向け)は、豊田自動織機のみでの製造となっている。
日本では、フロントエンブレムに従来のトヨタマークではなく"N"をかたどったエンブレムを採用。これはネッツ店で専売となった車種に順次採用されている。尚、ネッツ店専売モデルになったことで販売店区別であったサブネームの「J」と「L」が消滅し、RAV4に車名統合された。これらの取扱車種の統廃合によってRAV4と同じく、カローラ店とネッツ店で併売されていたクルーガーはカローラ店の専売モデルとなったが、2007年6月にRAV4ロングボディ日本仕様(ヴァンガード)を後継に発売中止となった。
製作工場はトヨタ自動車田原工場、及び豊田自動織機長草工場である。
デビュー時のCMソングはボン・ジョヴィのハヴ・ア・ナイス・デイ
2006年5月より、元宝塚の紺野まひるがテレビCMに出演。CMソングはKOTOの「LOVE FOR YOU」。
2007年9月6日には、特別仕様車X Limitedを発売。
概要
モノコック構造の乗用車をベースにしたオフロード車「クロスオーバーSUV」の先駆となった車種である。RAV4の成功を受け他社もCR-V(本田技研工業)、エクストレイル(日産自動車)、フォレスター(スバル)などのクロスオーバーSUVを製造するなどSUV市場に大きな影響を与えた。尚、RAV4の登場に先んじて日本市場ではエスクードが販売されていたが、エスクードはデザインやサイズ等はRAV4等のクロスオーバーSUVと酷似しているものの、本質的には堅牢なラダーフレーム構造を持つクロスカントリー車であるという点で異なる。
初代RAV4は本国の日本でいう「5ナンバーサイズ」に収まるコンパクトなサイズのSUVであったが、モデルチェンジのたびにボディサイズを拡大、2代目で3ナンバーサイズとなった。そして3代目は日本国外での販売を重視した事もあり、全幅が「5ナンバーサイズ」を大きく超える1815mmになるまでに至った。これにより、RAV4は日本ではコンパクトとは言えないサイズとなったが、軽自動車ベースのキャミのフルモデルチェンジを目前に控えており、新型(ラッシュで登場)をひとまわり大きくするため、それに伴う競合を避けるためであろう。
主要市場の欧米においては他車種よりもコンパクトなサイズとなっている。生産はトヨタ自動車田原工場と、グループ会社の豊田自動織機である。
その後RAV4は、SUVのカローラと呼べるまでに世界中で販売台数を延ばしており、欧州全域・北米・南米・オセアニア・中国・東南アジア・南アフリカなど、世界200ヶ国以上で使用される世界戦略車である。
特徴や燃費情報
中古車情報
新車購入
値引き情報
歴史
初代(1994年 - 2000年)
初代トヨタ・RAV4
1993年の東京モーターショーにほぼ市販車の形の参考出品車が披露された後、1994年5月に発売。
セリカなどのコンポーネンツを流用しながらも、ランドクルーザーをはじめとする本格オフロードカーを手がける第三開発センターが開発を担当したことから、フロアパネルは独自のものとされ、リアサスペンションも鍛造リンクを用いた仮想球面支持の専用品となるなど、オン・オフ両面の性能追求のため、惜しみなく技術が投入されることとなった。
パワートレーンは、直列4気筒 2.0Lガソリンエンジンとトランスミッションを横置きに搭載し、ドライブトレーンはベベルギア式のセンターデフを持つ、本格的なフルタイム4WDである。
当初はコンパクトな3ドアシティユースRVとして登場し、他メーカーに競合車がほとんどなかったことや、CMキャラクターの木村拓哉の影響もあり、好評を博す。
1995年4月には、ホイールベースを延長し、居住性と利便性を向上させた5ドアモデル「RAV4 V」(ラヴフォーファイブ)が追加された。
しかし、1995年10月にホンダから同クラスではあるものの、センターデフを省略したスタンバイ4WDとするなど、徹底したコストダウンで低価格戦略を採るCR-Vが発売され、3ナンバーボディとコラム式ATなどを武器にシェアを伸ばしたため、以後苦戦する。CR-Vに対抗するために、スポーツエンジンである3S-GEを搭載した3ナンバーボディのスポーツモデル、Type Gも追加された。
シティユースを目的とした車ではあるものの、余裕のある最低地上高や優秀な4WD性能、及びボディ下部が破損しにくい樹脂プロテクターで覆われている事などから、プライベートでは足回りのチューニングを施しオフロードでも力を発揮させるケースもあった。ボルトオンターボも少数ではあるが販売されている。
RAV4をベースとした電気自動車のRAV4EVも後にフリート発売された。
2代目(2000年 - 2005年)
2代目トヨタ・RAV4
2000年5月に登場。海外戦略を重視した為に、同年のジュネーブモーターショーで海外先行デビューした。カローラ系のコンポーネンツを使用するが、フロアパネルは先代同様に専用設計となっている。エンジンは2WD用に1ZZ-FE(1.8L)と、4WD用に1AZ-FSE(2.0L直噴)が設定されている。グレードは下からX、X-G、エアロスポーツ、ワイドスポーツの4つでそれぞれに4ATと5MTが組み合わされていたが、2003年8月のマイナーチェンジ時にエアロスポーツ、及び各MT仕様が廃止された。
当モデルは、先代の弱点であった室内空間の貧弱さを克服する方策としてボディサイズを拡大し、全モデルで3ナンバーボディサイズとなった(それでも他社製の同クラスSUVに比べると小型であった)。また、先代モデルが3ドアモデルメインの開発であったことに対し、当モデルではより居住空間に優れた5ドアモデルメインの開発が行われた。内外装の質向上も著しく、よりシティユースを志向したモデルであると言える。しかし、走行性能や室内ユーティリティを強化した2代目CR-Vや、レジャーユーティリティとスポーツ性能を両立させたエクストレイル等のライバルに再び苦戦を強いられ、さらには日本国内でのSUVブームの沈静化もあり、最終的に良好なセールスを記録するには至らなかった。反面、欧米では非常に人気が高く、輸出仕様には本革シートを装備したモデルや、ターボエンジンを搭載したモデルも存在している。CMキャラクターは女優の木村佳乃であった。
2000年に制定された低排出ガス車認定制度における認定車第1号であり、最初に同ステッカーをつけたのはこの車種である。
余談だが、当モデルは2004年 - 2005年にかけて、主に関東方面で組織的な車両盗難被害が頻発した経緯がある。他社の同クラスSUVを差し置いてRAV4だけが狙われた理由は不明だが、上位車種が軒並み盗難防止装置を強化し盗みにくくなったこともその遠因であろう。
3代目(2005年 - )
3代目トヨタ・RAV4
2005年11月14日に登場。同年のフランクフルトモーターショーで海外先行デビューした。トヨタの「MCプラットフォーム」を進化させた「新MCプラットフォーム」を初めて採用した市販車。エンジンは1種類で上郷・下山両工場製の2AZ-FE(2.4L)のみ。グレードは下からX、G、スポーツの3つ。全モデルでCVTのみの設定となる。4WD性能はこれまでのビスカスカップリング式フルタイム4WDではなく、電子制御式4WDに変更された。
当モデルは、先代モデルに比べてさらにボディサイズが拡大され、海外市場をより強く意識した内容となっている。また、初代から設定されていた3ドアモデルが廃止され、5ドアモデルのみの設定となるが、日本国内では2007年8月から派生車種ヴァンガードとして発売された海外向け(欧州以外)モデルは、荷室などを延長したロングボディであり、ドア枚数こそ変わらないものの、これまで通りロングとショートの2種類のボディタイプを持つSUVであると言える。
尚、ロングタイプでは3列シートも選択可能で、エンジンは2.4L 直4の他に3.5L V6(北米、豪州等のみ)エンジンも用意されている。
欧州向けは日本と同じサイズのショートボディであり、4WDモデルしか設定されていない。また他の地域ではみられない、1AZ-FE(2.0L)および2AD-FTV(2.2Lディーゼル、135ps)、2AD-FHV(2.2Lディーゼル、180ps)エンジンを搭載したモデルもある。なお、ディーゼルエンジンと組み合わされるトランスミッションは6MTのみとなっている。また、欧州向け右ハンドル車(主にイギリス向け)は、豊田自動織機のみでの製造となっている。
日本では、フロントエンブレムに従来のトヨタマークではなく"N"をかたどったエンブレムを採用。これはネッツ店で専売となった車種に順次採用されている。尚、ネッツ店専売モデルになったことで販売店区別であったサブネームの「J」と「L」が消滅し、RAV4に車名統合された。これらの取扱車種の統廃合によってRAV4と同じく、カローラ店とネッツ店で併売されていたクルーガーはカローラ店の専売モデルとなったが、2007年6月にRAV4ロングボディ日本仕様(ヴァンガード)を後継に発売中止となった。
製作工場はトヨタ自動車田原工場、及び豊田自動織機長草工場である。
デビュー時のCMソングはボン・ジョヴィのハヴ・ア・ナイス・デイ
2006年5月より、元宝塚の紺野まひるがテレビCMに出演。CMソングはKOTOの「LOVE FOR YOU」。
2007年9月6日には、特別仕様車X Limitedを発売。
posted by たろ at 17:52| トヨタ
ヴァンガード
ヴァンガード (Vanguard) は、トヨタ自動車が販売するSUV型の自動車である。
概要
2007年8月30日に発売した。「Active & Luxury」をテーマに、走行性能と内外装スタイルの両立を図って開発されたSUVで、トヨペット店およびカローラ店の2系列で販売される。実質、ハリアー/クルーガーを統合した後継車種とされる。輸出向けのRAV4(3代目・ロングボディ)をベースとしており、国内向けのRAV4にはない7人乗りやV6 3.5Lエンジンが選択できる。
前モデルのハリアー(全長4735mm)やクルーガー(全長4690mm)と比べると一回り以上短くなった全長4570mmは取り回しに優れるが、同じく3列7人乗りを設定しているアウトランダー(全長4640mm)や、2列5人乗りの設定のみとなっているエクストレイル(全長4590mm)と比べても更に短い。
このため、室内長でもクルーガーVの2645mm(7人乗り)やアウトランダーの2515mm(同)と比べて2445mmと短くなっており、小型ミニバンのシエンタの2515mmよりも短く、3列目は非常用と割り切った方が良いだろう。
背面スペアタイヤはオプション扱いになっている。装着しない場合、パンク対策用タイヤ修理キット(シガーソケット使用のエアコンプレッサー、パンク修理剤、バルブのセット。パンク修理剤を使用した際は最高速度が80キロに制限される)が別途搭載されている。
特徴や燃費情報
エンジンとプラットフォーム
エンジンは、2400ccは直列4気筒の2AZ-FE型、3500ccはV型6気筒の2GR-FE型が搭載される。プラットフォームは、ルミオンやエスティマなどに用いられている新MCプラットフォームを採用している。トランスミッションは2400ccは全グレード7速マニュアルモード付きCVT(SuperCVT-i)、3500ccはスーパーインテリジェント5速オートマチックとなる。尚、ハリアー、クル−ガーにあるV6・3300ccのハイブリッドモデルは存在しない。
サスペンションは、フロントがマクファーソンストラット式、リアがダブルウィッシュボーン式である。駆動方式は4WDで、ベースとなったRAV4やハリアー、およびクルーガーとは異なり前輪駆動の設定はない。また、前輪駆動状態と四輪駆動状態を自動的に電子制御するアクティブトルクコントロールや、横滑り防止機構、ヒルスタートアシストコントロールが全車標準装備されており、走行安定性の向上が図られている。
概要
2007年8月30日に発売した。「Active & Luxury」をテーマに、走行性能と内外装スタイルの両立を図って開発されたSUVで、トヨペット店およびカローラ店の2系列で販売される。実質、ハリアー/クルーガーを統合した後継車種とされる。輸出向けのRAV4(3代目・ロングボディ)をベースとしており、国内向けのRAV4にはない7人乗りやV6 3.5Lエンジンが選択できる。
前モデルのハリアー(全長4735mm)やクルーガー(全長4690mm)と比べると一回り以上短くなった全長4570mmは取り回しに優れるが、同じく3列7人乗りを設定しているアウトランダー(全長4640mm)や、2列5人乗りの設定のみとなっているエクストレイル(全長4590mm)と比べても更に短い。
このため、室内長でもクルーガーVの2645mm(7人乗り)やアウトランダーの2515mm(同)と比べて2445mmと短くなっており、小型ミニバンのシエンタの2515mmよりも短く、3列目は非常用と割り切った方が良いだろう。
背面スペアタイヤはオプション扱いになっている。装着しない場合、パンク対策用タイヤ修理キット(シガーソケット使用のエアコンプレッサー、パンク修理剤、バルブのセット。パンク修理剤を使用した際は最高速度が80キロに制限される)が別途搭載されている。
特徴や燃費情報
エンジンとプラットフォーム
エンジンは、2400ccは直列4気筒の2AZ-FE型、3500ccはV型6気筒の2GR-FE型が搭載される。プラットフォームは、ルミオンやエスティマなどに用いられている新MCプラットフォームを採用している。トランスミッションは2400ccは全グレード7速マニュアルモード付きCVT(SuperCVT-i)、3500ccはスーパーインテリジェント5速オートマチックとなる。尚、ハリアー、クル−ガーにあるV6・3300ccのハイブリッドモデルは存在しない。
サスペンションは、フロントがマクファーソンストラット式、リアがダブルウィッシュボーン式である。駆動方式は4WDで、ベースとなったRAV4やハリアー、およびクルーガーとは異なり前輪駆動の設定はない。また、前輪駆動状態と四輪駆動状態を自動的に電子制御するアクティブトルクコントロールや、横滑り防止機構、ヒルスタートアシストコントロールが全車標準装備されており、走行安定性の向上が図られている。
posted by たろ at 17:52| トヨタ
ザッツ
ホンダ・ザッツ(HONDA That's)は、かつて本田技研工業が生産していたトールワゴン型の軽自動車。
概要
3代目ライフのプラットフォームに、"モノ感覚"を狙ったという『角の丸い直方体』スタイルのボディを被せて構成されていた。発売当初は、前後バンパー等をいくつかの色違いにした仕様も存在した。
インテリアは、ライフと差別化すべく、シートに付いた車名のタグをあしらうなど、趣味性を強めていた。
機構は3代目ライフと共通であり、搭載されたエンジンは、E07Z型 直列3気筒 SOHC 12Valve PGM-FI仕様 660cc、NA仕様とターボ仕様とで、組合わされるトランスミッションは3速ATのみとなっていた。燃費は、10・15モード走行で19km/L(NA仕様-FF)?16km/L(ターボ仕様-4WD)だった。
ゼストの発売に伴い、2006年3月のマイナーチェンジにターボ仕様が廃止された後、2007年9月に販売が終了となった。
新車値引き
特徴と評価や燃費情報
中古車購入情報
値引き相場
歴史
初代(2002年-2007年 JD1/2型)
2002年2月8日に発売。全国メーカー希望小売価格はFF車で103万4000円。
2004年10月15日にスペシャルエディションを追加。車両本体価格が90万円を切り、前年比200%近い売り上げを達成。
2006年3月22日にマイナーチェンジ。ゼストの発売に伴い、ターボ車の設定を廃止し、シングルグレード化。
2007年9月に生産を終了。10月にはカタログラインナップからも削除され、1ヵ月後の11月に販売も終了。
概要
3代目ライフのプラットフォームに、"モノ感覚"を狙ったという『角の丸い直方体』スタイルのボディを被せて構成されていた。発売当初は、前後バンパー等をいくつかの色違いにした仕様も存在した。
インテリアは、ライフと差別化すべく、シートに付いた車名のタグをあしらうなど、趣味性を強めていた。
機構は3代目ライフと共通であり、搭載されたエンジンは、E07Z型 直列3気筒 SOHC 12Valve PGM-FI仕様 660cc、NA仕様とターボ仕様とで、組合わされるトランスミッションは3速ATのみとなっていた。燃費は、10・15モード走行で19km/L(NA仕様-FF)?16km/L(ターボ仕様-4WD)だった。
ゼストの発売に伴い、2006年3月のマイナーチェンジにターボ仕様が廃止された後、2007年9月に販売が終了となった。
新車値引き
特徴と評価や燃費情報
中古車購入情報
値引き相場
歴史
初代(2002年-2007年 JD1/2型)
2002年2月8日に発売。全国メーカー希望小売価格はFF車で103万4000円。
2004年10月15日にスペシャルエディションを追加。車両本体価格が90万円を切り、前年比200%近い売り上げを達成。
2006年3月22日にマイナーチェンジ。ゼストの発売に伴い、ターボ車の設定を廃止し、シングルグレード化。
2007年9月に生産を終了。10月にはカタログラインナップからも削除され、1ヵ月後の11月に販売も終了。
posted by たろ at 17:51| ホンダ
CR-V
ホンダ・CR-V(シーアール-ブイ)は、本田技研工業で生産されているSUV型乗用車である。
概要
初代・2代目はシビックのプラットフォームを基に開発されたが、3代目からは北米専用車種アキュラ・RDXと共通の専用新プラットホームを使用し18インチタイヤの装着を前提にした最適設計を行った結果、アコードと並ぶ動力性能を手にしたと言われる。いわゆる乗用車ベースのエンジン横置きSUVである。尚、全モデルで共通して全幅が1,700mm以上あるため3ナンバーボディとなる。
駆動方式は基本的に4WDであるが、一部FFもある。
新車値引き
特徴と評価や燃費情報
中古車購入情報
値引き相場
歴史
初代(1995-2001年 RD1/2型)
初代ホンダ・CR-V
1995年10月9日にオデッセイに続くクリエイティブ・ムーバーシリーズの第2弾として「ホンダ買うボーイ」「都市の大地にライトクロカン」のコピーで登場した。SUVにも関わらずコラムシフト(AT車)となっており、ウォークスルーも可能であるなど居住性を重視したモデルであった。さらに、従来のSUVとは違ったスタイリッシュなエクステリアデザインやその居住性、また都会的な雰囲気が評価され好セールスを記録した。
乗用車としては非常に珍しいステッキ式パーキングブレーキを採用しているが、MT車はフロアシフトのためウォークスルーできるのはAT車のみである。
エンジンはB20B型 DOHC 2,000cc(130PS)のみを搭載しており性能十分であったが、FFベースのスタンバイ4WDであるリアルタイム4WD(デュアルポンプ式)を採用していた為後輪への駆動力伝達がリニアではなく、オフロードでの走行性能は酷評を受けた。しかしCR-Vを始めとしたクロスオーバーSUVは基本的にシティユースが多く、また余程のオフロードでないかぎり日常生活圏での走破性は駆動方式よりむしろロードクリアランス(最低地上高)が重視されるため、実際のところ同クラス他社SUVに劣ることなく、オールラウンドに使用された。
1997年10月のマイナーチェンジで、ABS/エアバッグの標準設定、AT制御の改良、デュアルポンプの改良、MT車の設定(145PS)等が行なわれた。当初は日本国内専用車として開発され、左ハンドル車は生産する予定がなかったが、北米ディーラーの要望で後に世界各国に輸出され好評を得た。AT車は「スマートスケープ」、MT車は「アクティブスケープ」と呼ばれるようになった。
1998年12月のマイナーチェンジで、従来モデルでは背面に背負っていたスペアタイヤを床下に吊り下げたボディを纏った新グレード「フルマーク」を新設した。またそれにあわせて従来のモデルを「パフォーマ」とネーミングした。動力面ではMT車/AT車共に150PSに改良、VSA(ビークルスタビリティアシスト)装着車を設定、衝突安全性能の向上策を実施。また、FF車も設定した。
2代目(2001-2006年 RD4/5/7型)
2代目ホンダ・CR-V
2001年9月18日にフルモデルチェンジを受け登場。
エンジンはK20A型 DOHC i-VTEC 2,000cc(158PS)が搭載され、初代で酷評を受けた4WDシステムも大幅に進化しミドルクラスSUVとして十分な性能となった。トランスミッションは4速ATと5速MT。
室内居住空間を重視したのは初代モデルと同様である。またエクステリアデザインもキープコンセプトながら、さらに都会向けにリファインされたものの樹脂パーツも多用するなどワイルドさも兼ね備えた秀逸なデザインとなっている。インテリアでは、初代の特徴であった広く開放的な室内はそのままに、インパネと一体型の個性的なサイドブレーキやメーター横に伸びたシフトレバー、大型のドアポケット、ペットボトル飲料の保冷・保温が出来る「インパネ・マルチボックス」などSUVのワイルドさとミニバンの使い勝手が融合した特徴的なインテリアであった。タイヤは北米からの要請でランニングコストを抑える目的で他のSUVよりも小さめのものになっている。
しかし、セールス面では国内ではSUVブームの沈静や従来のプリモ・ベルノ店併売からベルノ店の専売になった事もあり、初代モデル程の好数字は記録できなかった。反面、北米・欧州・アジアでの評価が非常に高く、アコード/シビックに続くホンダ全世界3番目の販売台数を誇り、全世界的には大ヒットした成功作といえる。この辺りはライバル車のトヨタ・RAV4と同じであると言える。
2004年9月22日に行われたマイナーチェンジでは既存のK20A型を廃止し、当初から北米仕様には設定されていたオデッセイやエレメントに搭載されているK24A型 DOHC i-VTEC 2,400cc(160PS)が全車に採用され、トランスミッションもすべて5速ATとなった。これにより国内の同クラスSUVよりも確実に格上になったと言える。なお、欧州仕様ではAT比率が低いためMT車は継続販売され、N22A型 2,200cc i-CTDi 直噴ディーゼルターボエンジンが追加された。
余談ではあるが、英国スウィンドン工場で生産されているCR-Vは北米に輸出され、現地の会社でないにも関わらず対米輸出台数が1位の車となるなど、爆発的な人気を誇った。上海モーターショーでは、デザインの酷似した中国製自動車が出展され、物議を醸した。
3代目(2006年- RE3/4型)
3代目ホンダ・CR-V
日本では2006年10月12日発表、13日に発売。(北米は2006年9月・欧州は2007年1月発売)従来の角ばった箱型ボディから一転、欧州車高級SUVの雰囲気のようなプレミアム感を演出した全体的に丸みを帯びたアール・デコ調のグラマラスなボディを纏うこととなった。今回から北米にて販売されているアキュラ・RDXと共通の専用プラットフォームとし、ボディサイズはさらに拡大され、全幅は1,820mmとなった。この事で車格も1ランクアップし、2.4リッターエンジンを搭載しているがシビッククラスだった2代目から、アコードクラスに格上げされ、トヨタ・ハリアーや日産・ムラーノなどといったプレミアムSUVもライバルになる車格と装備を誇り、今までライバルとされたトヨタ・RAV4よりボディサイズ・装備・価格帯は大幅に上回り、もはや当初のコンパクトSUVとは言えないサイズとなったが、これはSUVブームが沈静した国内市場よりも販売台数が多い北米・欧州・アジア市場のプレミアムSUVへの要請を意識した為である。これまでの初代・2代目の車格ポジションは2007年2月発売されたクロスロードが事実上の受け皿になった。
エクステリアデザインは、フロントマスクは同社のステップワゴンなどと共通のデザインモチーフが採用され、サイドウインドウの扇形のラインは初代ストリームを彷彿とさせるクーペ的フォルムとなっている。また、初代・2代目と背面に背負っていたスペアタイヤを全タイプ床下収納となりテールゲートも横開き式から跳ね上げ式に改められた。また、日本・欧州仕様の上位グレードには、バンパー下部及びボディのサイドシルのプロテクター部分にはメタリックグレーの塗装を施して高級感を演出し、4WD廉価グレード「X」及び北米・アジア他仕様は同部分が黒色の原着となる。
インテリアもワイルドで機能性重視の初代・2代目から、プレミアム重視のインテリアとなり全体的にシンプルなデザインであるが上質な雰囲気を醸し出している。初代・2代目に設定されていた折りたたみ式センターテーブルが廃され、代わりに大型センターコンソールが装着された事で前後ウォークスルーが不可能になった。さらに、左右独立エアコンやステアリングテレスコピック機能、イモビライザーなどを全グレードに標準装備、運転席・助手席パワーシートを一部標準装備するなど、高級セダン車並の装備が奢られているのが特徴で、4WD廉価グレード「X」を除きヒーター付き本革シート(黒またはベージュ)もオプションで選択可能である。
動力面では、エンジンが2代目モデル(後期型)のK24A型のままの据え置きだが、170PSにチューンアップされ、ドライブ・バイ・ワイヤを採用しオンロードの走りを重視した。4WDシステムも、デュアルポンプのクラッチ容量UPとワンウェイカムユニットの追加により、伝達駆動力とレスポンスUPを計り、全体的な底上げが施された一方、エアロダイナミクスを良化するためボディ底部にアンダーカバーを配するなど新しい取り組みもある。走りの性能は、ベースとなっているアコードを模範とし、特に日本・欧州市場からの要請であった「SUVにしてはタイヤが小さい」の声に応える為、18インチタイヤが装着できるシャシーとなって全体的な動力性能が大幅に向上した。
安全装備は、全グレードにVSAを標準装備した他、18インチタイヤや最上位グレードにはAFS・CMBS・IHCC・サイドカーテンエアバッグシステム・オートワイパー・オートライト・スマートキーなどを標準装備し、ホンダの上級セダン車種以上に奢られた内容となった。
2007年9月20日に初のマイナーチェンジが行なわれ、新グレード「ZX」(4WD)「ZL」(FF)が登場した。同時に「ZXi」(4WD)「ZLi」(FF)に、木目調パネルを採用し、新色のロイヤルブルー・パールが追加された。絶色カラーは、ボレゴベージュ・メタリックとブラックアメジスト・パール。
2008年2月21日に特別仕様車「ZX」(4WD)「ZL」(FF)を発売。アルカンターラ インテリア・木目調パネル・HDD NAVIを標準装備。 ボディカラーは4色のみ設定、プレミアムホワイトパール・ウィスラーシルバーメタリック・ナイトホークブラックパール・ポリッシュドメタルメタリック(専用色)
日本仕様はプリズムアンダーミラーが左側ドアミラーと一体化され、ドアミラーウインカーも標準化された。プリズムアンダーミラーは、デザイン上で最大の障害となる左前面の補助ミラーを廃止する為のアイデアである。
日本仕様以外では、欧州仕様にR20A型 i-VTEC エンジンやN22A型の設定もあり、多様なエンジンを搭載している。
北米市場向けに、米国オハイオ州・イーストリバティ(East Liberty)工場での生産も開始した。
概要
初代・2代目はシビックのプラットフォームを基に開発されたが、3代目からは北米専用車種アキュラ・RDXと共通の専用新プラットホームを使用し18インチタイヤの装着を前提にした最適設計を行った結果、アコードと並ぶ動力性能を手にしたと言われる。いわゆる乗用車ベースのエンジン横置きSUVである。尚、全モデルで共通して全幅が1,700mm以上あるため3ナンバーボディとなる。
駆動方式は基本的に4WDであるが、一部FFもある。
新車値引き
特徴と評価や燃費情報
中古車購入情報
値引き相場
歴史
初代(1995-2001年 RD1/2型)
初代ホンダ・CR-V
1995年10月9日にオデッセイに続くクリエイティブ・ムーバーシリーズの第2弾として「ホンダ買うボーイ」「都市の大地にライトクロカン」のコピーで登場した。SUVにも関わらずコラムシフト(AT車)となっており、ウォークスルーも可能であるなど居住性を重視したモデルであった。さらに、従来のSUVとは違ったスタイリッシュなエクステリアデザインやその居住性、また都会的な雰囲気が評価され好セールスを記録した。
乗用車としては非常に珍しいステッキ式パーキングブレーキを採用しているが、MT車はフロアシフトのためウォークスルーできるのはAT車のみである。
エンジンはB20B型 DOHC 2,000cc(130PS)のみを搭載しており性能十分であったが、FFベースのスタンバイ4WDであるリアルタイム4WD(デュアルポンプ式)を採用していた為後輪への駆動力伝達がリニアではなく、オフロードでの走行性能は酷評を受けた。しかしCR-Vを始めとしたクロスオーバーSUVは基本的にシティユースが多く、また余程のオフロードでないかぎり日常生活圏での走破性は駆動方式よりむしろロードクリアランス(最低地上高)が重視されるため、実際のところ同クラス他社SUVに劣ることなく、オールラウンドに使用された。
1997年10月のマイナーチェンジで、ABS/エアバッグの標準設定、AT制御の改良、デュアルポンプの改良、MT車の設定(145PS)等が行なわれた。当初は日本国内専用車として開発され、左ハンドル車は生産する予定がなかったが、北米ディーラーの要望で後に世界各国に輸出され好評を得た。AT車は「スマートスケープ」、MT車は「アクティブスケープ」と呼ばれるようになった。
1998年12月のマイナーチェンジで、従来モデルでは背面に背負っていたスペアタイヤを床下に吊り下げたボディを纏った新グレード「フルマーク」を新設した。またそれにあわせて従来のモデルを「パフォーマ」とネーミングした。動力面ではMT車/AT車共に150PSに改良、VSA(ビークルスタビリティアシスト)装着車を設定、衝突安全性能の向上策を実施。また、FF車も設定した。
2代目(2001-2006年 RD4/5/7型)
2代目ホンダ・CR-V
2001年9月18日にフルモデルチェンジを受け登場。
エンジンはK20A型 DOHC i-VTEC 2,000cc(158PS)が搭載され、初代で酷評を受けた4WDシステムも大幅に進化しミドルクラスSUVとして十分な性能となった。トランスミッションは4速ATと5速MT。
室内居住空間を重視したのは初代モデルと同様である。またエクステリアデザインもキープコンセプトながら、さらに都会向けにリファインされたものの樹脂パーツも多用するなどワイルドさも兼ね備えた秀逸なデザインとなっている。インテリアでは、初代の特徴であった広く開放的な室内はそのままに、インパネと一体型の個性的なサイドブレーキやメーター横に伸びたシフトレバー、大型のドアポケット、ペットボトル飲料の保冷・保温が出来る「インパネ・マルチボックス」などSUVのワイルドさとミニバンの使い勝手が融合した特徴的なインテリアであった。タイヤは北米からの要請でランニングコストを抑える目的で他のSUVよりも小さめのものになっている。
しかし、セールス面では国内ではSUVブームの沈静や従来のプリモ・ベルノ店併売からベルノ店の専売になった事もあり、初代モデル程の好数字は記録できなかった。反面、北米・欧州・アジアでの評価が非常に高く、アコード/シビックに続くホンダ全世界3番目の販売台数を誇り、全世界的には大ヒットした成功作といえる。この辺りはライバル車のトヨタ・RAV4と同じであると言える。
2004年9月22日に行われたマイナーチェンジでは既存のK20A型を廃止し、当初から北米仕様には設定されていたオデッセイやエレメントに搭載されているK24A型 DOHC i-VTEC 2,400cc(160PS)が全車に採用され、トランスミッションもすべて5速ATとなった。これにより国内の同クラスSUVよりも確実に格上になったと言える。なお、欧州仕様ではAT比率が低いためMT車は継続販売され、N22A型 2,200cc i-CTDi 直噴ディーゼルターボエンジンが追加された。
余談ではあるが、英国スウィンドン工場で生産されているCR-Vは北米に輸出され、現地の会社でないにも関わらず対米輸出台数が1位の車となるなど、爆発的な人気を誇った。上海モーターショーでは、デザインの酷似した中国製自動車が出展され、物議を醸した。
3代目(2006年- RE3/4型)
3代目ホンダ・CR-V
日本では2006年10月12日発表、13日に発売。(北米は2006年9月・欧州は2007年1月発売)従来の角ばった箱型ボディから一転、欧州車高級SUVの雰囲気のようなプレミアム感を演出した全体的に丸みを帯びたアール・デコ調のグラマラスなボディを纏うこととなった。今回から北米にて販売されているアキュラ・RDXと共通の専用プラットフォームとし、ボディサイズはさらに拡大され、全幅は1,820mmとなった。この事で車格も1ランクアップし、2.4リッターエンジンを搭載しているがシビッククラスだった2代目から、アコードクラスに格上げされ、トヨタ・ハリアーや日産・ムラーノなどといったプレミアムSUVもライバルになる車格と装備を誇り、今までライバルとされたトヨタ・RAV4よりボディサイズ・装備・価格帯は大幅に上回り、もはや当初のコンパクトSUVとは言えないサイズとなったが、これはSUVブームが沈静した国内市場よりも販売台数が多い北米・欧州・アジア市場のプレミアムSUVへの要請を意識した為である。これまでの初代・2代目の車格ポジションは2007年2月発売されたクロスロードが事実上の受け皿になった。
エクステリアデザインは、フロントマスクは同社のステップワゴンなどと共通のデザインモチーフが採用され、サイドウインドウの扇形のラインは初代ストリームを彷彿とさせるクーペ的フォルムとなっている。また、初代・2代目と背面に背負っていたスペアタイヤを全タイプ床下収納となりテールゲートも横開き式から跳ね上げ式に改められた。また、日本・欧州仕様の上位グレードには、バンパー下部及びボディのサイドシルのプロテクター部分にはメタリックグレーの塗装を施して高級感を演出し、4WD廉価グレード「X」及び北米・アジア他仕様は同部分が黒色の原着となる。
インテリアもワイルドで機能性重視の初代・2代目から、プレミアム重視のインテリアとなり全体的にシンプルなデザインであるが上質な雰囲気を醸し出している。初代・2代目に設定されていた折りたたみ式センターテーブルが廃され、代わりに大型センターコンソールが装着された事で前後ウォークスルーが不可能になった。さらに、左右独立エアコンやステアリングテレスコピック機能、イモビライザーなどを全グレードに標準装備、運転席・助手席パワーシートを一部標準装備するなど、高級セダン車並の装備が奢られているのが特徴で、4WD廉価グレード「X」を除きヒーター付き本革シート(黒またはベージュ)もオプションで選択可能である。
動力面では、エンジンが2代目モデル(後期型)のK24A型のままの据え置きだが、170PSにチューンアップされ、ドライブ・バイ・ワイヤを採用しオンロードの走りを重視した。4WDシステムも、デュアルポンプのクラッチ容量UPとワンウェイカムユニットの追加により、伝達駆動力とレスポンスUPを計り、全体的な底上げが施された一方、エアロダイナミクスを良化するためボディ底部にアンダーカバーを配するなど新しい取り組みもある。走りの性能は、ベースとなっているアコードを模範とし、特に日本・欧州市場からの要請であった「SUVにしてはタイヤが小さい」の声に応える為、18インチタイヤが装着できるシャシーとなって全体的な動力性能が大幅に向上した。
安全装備は、全グレードにVSAを標準装備した他、18インチタイヤや最上位グレードにはAFS・CMBS・IHCC・サイドカーテンエアバッグシステム・オートワイパー・オートライト・スマートキーなどを標準装備し、ホンダの上級セダン車種以上に奢られた内容となった。
2007年9月20日に初のマイナーチェンジが行なわれ、新グレード「ZX
2008年2月21日に特別仕様車「ZX
日本仕様はプリズムアンダーミラーが左側ドアミラーと一体化され、ドアミラーウインカーも標準化された。プリズムアンダーミラーは、デザイン上で最大の障害となる左前面の補助ミラーを廃止する為のアイデアである。
日本仕様以外では、欧州仕様にR20A型 i-VTEC エンジンやN22A型の設定もあり、多様なエンジンを搭載している。
北米市場向けに、米国オハイオ州・イーストリバティ(East Liberty)工場での生産も開始した。
posted by たろ at 17:50| ホンダ
ベリーサ
ベリーサ (VERISA) は、デミオと同じマツダ・DYプラットフォームを用いて2004年6月に発売が開始された、マツダの自動車である。
試乗レポートや特徴
値引き情報と燃費情報
値引きと相場
概要
アクセラの発売により廃止されたファミリアとデミオとの中間帯の補完のため、国内専売車種として開発された。[1]
デミオとの差別化のため、このクラスとしては異例の本皮シートをオプション採用し、インテリジェント・キーを標準装備するなど、プレミアム・コンパクトカーという位置付けを狙った車である。
エンジンは1500ccで、トランスミッションはATのみ。前輪駆動方式に加え、デミオと同じく日産自動車のe-4WD方式の四輪駆動もラインナップする。
従来の現行マツダ車に比してオーディオレス設定も用意したのは、ユーザーのオーディオ指向の多様化に対応したものと思われる。
デミオは、モデルチェンジでダウンサイジングが行われたため、今後は先代デミオのポジションを担っていくことになると思われる。
2004年(第25回)日本カー・オブ・ザ・イヤーベストバリュー賞を受賞している。
^ 開発主査の談話によると、自身のかつての愛車であった5代目ファミリア(1980年〜1984年)・ハッチバックの再来を目指して「ベリーサ」を開発したとの話がある。
車名の由来
イタリア語の「Verita」(真実)と英語の「Satisfaction」(満足)を併せた造語で『真の充足』という意味を込めている。
歴史
初代
2004年6月 - 発売。
2004年11月 - 日本カー・オブ・ザ・イヤーベストバリュー賞を受賞。
2005年6月 - マイナーチェンジ。
L(レザー内装モデル)、C(通常内装モデル)の2機種体制になる。内装飾にベージュを追加。燃費性能向上。
2006年8月 - マイナーチェンジ
インテリアは、Lの内装をブラック×ブラウンで本皮仕様に変更、Cの内装をオリーブとダークレッドに変更。インパネセンターパネル/シフトパネルをブラックメタリック調パネルに変更。
エクステリアは、ドレスアップパッケージにブライトモールディングを追加。
装備は、オーディオリモートコントロールスイッチ付きステアリングが標準装備になる。ドアミラー内蔵グラウンドイルミネーションランプを追加(2WDモデル)。LED室内間接照明を追加。
2006年12月 - 特別仕様車『T Style』発表
Lをベースに車内を明るいサンドベージュにし、シートとステアリングをサンドベージュカラーとブラックの本皮仕様。15インチアルミホイールを標準装備しており、特別仕様車専用のハイランドグリーンマイカと現行の3色が選べる。
2007年12月 - 特別仕様車『Stylish V』発表
試乗レポートや特徴
値引き情報と燃費情報
値引きと相場
概要
アクセラの発売により廃止されたファミリアとデミオとの中間帯の補完のため、国内専売車種として開発された。[1]
デミオとの差別化のため、このクラスとしては異例の本皮シートをオプション採用し、インテリジェント・キーを標準装備するなど、プレミアム・コンパクトカーという位置付けを狙った車である。
エンジンは1500ccで、トランスミッションはATのみ。前輪駆動方式に加え、デミオと同じく日産自動車のe-4WD方式の四輪駆動もラインナップする。
従来の現行マツダ車に比してオーディオレス設定も用意したのは、ユーザーのオーディオ指向の多様化に対応したものと思われる。
デミオは、モデルチェンジでダウンサイジングが行われたため、今後は先代デミオのポジションを担っていくことになると思われる。
2004年(第25回)日本カー・オブ・ザ・イヤーベストバリュー賞を受賞している。
^ 開発主査の談話によると、自身のかつての愛車であった5代目ファミリア(1980年〜1984年)・ハッチバックの再来を目指して「ベリーサ」を開発したとの話がある。
車名の由来
イタリア語の「Verita」(真実)と英語の「Satisfaction」(満足)を併せた造語で『真の充足』という意味を込めている。
歴史
初代
2004年6月 - 発売。
2004年11月 - 日本カー・オブ・ザ・イヤーベストバリュー賞を受賞。
2005年6月 - マイナーチェンジ。
L(レザー内装モデル)、C(通常内装モデル)の2機種体制になる。内装飾にベージュを追加。燃費性能向上。
2006年8月 - マイナーチェンジ
インテリアは、Lの内装をブラック×ブラウンで本皮仕様に変更、Cの内装をオリーブとダークレッドに変更。インパネセンターパネル/シフトパネルをブラックメタリック調パネルに変更。
エクステリアは、ドレスアップパッケージにブライトモールディングを追加。
装備は、オーディオリモートコントロールスイッチ付きステアリングが標準装備になる。ドアミラー内蔵グラウンドイルミネーションランプを追加(2WDモデル)。LED室内間接照明を追加。
2006年12月 - 特別仕様車『T Style』発表
Lをベースに車内を明るいサンドベージュにし、シートとステアリングをサンドベージュカラーとブラックの本皮仕様。15インチアルミホイールを標準装備しており、特別仕様車専用のハイランドグリーンマイカと現行の3色が選べる。
2007年12月 - 特別仕様車『Stylish V』発表
posted by たろ at 17:49| マツダ
ロードスター
ロードスター (Roadster) は、マツダが生産している2人乗りオープンカー(ロードスター)である。自然吸気のレシプロエンジンを搭載し、駆動方式は後輪駆動。
試乗レポートや特徴
値引き情報と燃費情報
中古車相場
値引きと相場
概要
当初、マツダ・ディーラーでも比較的高級車を販売するとして設立されたEunos(ユーノス)店専売モデルの初段として ユーノス・ロードスター の名で1989年8月に先行予約を開始、同年9月1日に発売された(北米での発売はそれより早く同年5月)。国内では予約会で半年以上のバックオーダーを抱えるほどの人気を博し、一時は月産台数が大衆車並みの8,000台近くになるほどだった。マツダ社内での人気も高く、マツダ本社がある広島では本社敷地内で予約会が開かれたのだが、徹夜組もいた順番待ちの列の中には私費でこの車を買い求めようとするマツダ社員も多くいたという。
後に、販売チャネルであったユーノス店がバブル崩壊に伴うマツダの経営戦略見直しにより1996年4月1日をもって消滅し、販売チャネルはマツダアンフィニ店に移った。それでも名称は「ユーノス・ロードスター」のままで販売された。
そして1998年1月に初のフルモデルチェンジを受け、国内の販売名称をマツダ・ロードスターと変更し、現在に至っている。
海外ではマツダ・MX-5 (Mazda MX-5) の名称で販売されている。なお、北米では2代目までマツダ・MX-5ミアータ (Mazda MX-5 Miata) と呼ばれていた。欧州ではNAをMark1、NBをMark2と呼称する場合が多い。
発売当時、小型のオープン2シータースポーツというカテゴリーは市場からほぼ死滅状態であった。1970年代から自動車に対する消費者の嗜好が快適性重視に変わっていったことや、年々厳しくなる北米の衝突安全基準をクリアできなかったことなどがその理由である。しかし、マツダはその間、北米を中心とした度重なる市場調査によって潜在需要が非常に期待できることを掴んでおり(計画自体何度もお蔵入りの危機に遭っていたが、最終的にこの調査結果があったので発売できた)、自動車業界の冷ややかな予測に反し、発売後瞬く間に世界中で大反響を呼んだ。
このヒットにより、欧州の主要メーカーが同様のロードスターを次々とリリースするきっかけとなった。その中には、かつて同様のスポーツカーを発売していた懐かしいブランドMGも含まれていた。
ユーノス・ロードスター以降に発表されたオープン2シーター
BMW・Zシリーズ(Z3、Z4)
メルセデス・ベンツ SLKクラス
スマート・ロードスター
フィアット・バルケッタ
ホンダ・S2000
ホンダ・ビート
MGローバー・MGF
日産・フェアレディZ(ロードスター)
ポルシェ・ボクスター
トヨタ・MR-S
ポンティアック・ソルスティス
サターン・スカイ/オペル・GT
かのライトウェイトスポーツカーの名門ロータスが、「我々の作ろうと思っている車が間違いではないと証明してくれた」と語ったとされ、本場のメーカーを唸らせるほどその完成度は非常に高かった。生産技術の優秀さや性能に対する低コストぶりなど、技術面での評価が目立つ日本車において、車造りの「思想」という面で世界に多大な影響を与えた稀有な存在である。
2000年には生産累計53万1890台を達成し、「世界で最も多く生産された2人乗り小型オープンスポーツカー」としてギネスブックに認定を受けた。また2004年には、生産累計が70万台の大台を達成したとして再度ギネスブックに申請。2007年1月30日には80万台を達成し、三たびギネスへの申請を行なっている。
道路渋滞が多い現代の日本では、新車で販売される自動車のトランスミッションはほぼ100%がATであるが、この車はその性格故にMT車が圧倒的に多かった。初代では実に8-9割、2代目も6割強がMT車である。しかし、3代目からATが6速化され、また代を経るに従って高年齢層のオーナーが増えたことなどもあり、現在の販売では逆転している。
歴史
初代 (NA型)
ユーノス・ロードスター(初代)
初代は、排気量の違いによって大きく二世代に分類される。
まず、1989年から1993年に発売された1600ccエンジンを搭載するNA6CE型(末尾のEはEunosのE)と、1993年以降に発売された1800ccエンジンを搭載するNA8C型である。NA8C型では、国内外からの1600ccエンジンのパワー不足を指摘する声を反映し、エンジンを1800ccに容量アップした。これに伴い、ブレーキやボディの補強、デフの大型化が実施された。トルクは増加したが、同時に前記の理由により重量も増加したことと、最高トルク発生回転数が低いことから、旧1600ccに比べて走行性能にさほど大きな差は無い(パワーウエイトレシオはNA6CE型で7.1kg/ps、NA8C型で7.6kg/ps)。
この車のデザインには、「日本の伝統」をモチーフにしたものが多い。まず、フロントマスクは能面のひとつである「小面」にインスパイアされており、シート表面のパターンは畳表の模様、そしてリアブレーキランプは江戸時代の両替商が使った分銅の形(現代日本の地図記号で「銀行」を表している)、といった具合であり、基本はイギリス・イタリアのライトウェイトスポーツカーのデザイン文法に則りながらも日本のオリジナリティを主張している。また、リアコンビネーションランプ(ブレーキ、ターンシグナル、リバースの異なる色の各ランプを一体成形してある)はそのデザインの良さと機能性の両立を評価され、ニューヨーク近代美術館 (MoMA) に展示・永久収蔵されている。
エンスージアストの中には、重いNA8C型 (990kg) より軽く (950kg) エンジンの噴け上がり感が軽快なNA6CE型を好む者も少なくない。
2004年、辛口の批評で有名な米国のスポーツカー専門誌、スポーツカー・インターナショナルの選出したベスト・スポーツカー1990年代部門で第一位を獲得した。
20世紀に生産された乗用車の中から、世界32ヶ国、約130名の選考委員により選び出すカー・オブ・ザ・センチュリーでベスト100に入った。日本車でベスト100に選ばれたのは、トヨタ・セルシオ、トヨタ・カローラ、日産・フェアレディZ、マツダ・RX-7、ホンダ・シビック(いずれも初代)、ホンダ・NSXのみである。なお、ベスト100からべスト26に絞り込む段階で、日本車は全て脱落した。
2代目 (NB型)
マツダ・ロードスター(2代目)
1998年にモデルチェンジし、2代目となった。初代の販売系列であるユーノス店がマツダディーラーの統廃合で吸収閉鎖された為、マツダ・ロードスターの名前での販売となった。初代のアイデンティティの1つであったリトラクタブルライトは軽量化やヨー慣性モーメント低減などのため廃され、サイズは大きくなることを嫌った設計陣の意地でカタログ上全幅が5ミリ(実車は3ミリ増)広くなったのみに抑えられた。デザインはグラマラスでなおかつ初代に比べ近代的なものになった。走りはサスペンション・ジオメトリーの見直しと補強の追加で、確実な進歩を遂げたと評され、初代よりもボディ補強、安全装備などの増加で避けられないはずの重量増を各部の徹底的な見直しにより最小限に抑えたこともあり本来の軽快感は損なわれていない。内装の質感も向上した。初代ではデリケートな取扱いが不評であったリアのビニールスクリーンもガラス製へと変更された。オプション販売されている脱着式ハードトップは初代 (NA型)から共用してこの2代目(NB型)にも装着可能になっている。 また、2代目では初代の途中で廃止された1600ccエンジンを搭載するモデル(MTは5速)が復活し、可変吸気システムを搭載し改良された1800ccエンジンを搭載するモデル(MTは6速)とともに販売された。1600ccエンジンを搭載するモデルはNB6C型、1800ccエンジンを搭載するモデルはNB8C型である。
2000年にマイナーチェンジ(一般にNB2型と呼ばれる)が行われ、フロントマスクを中心にエクステリアに手が加えられ、座席シートの軽量化とデザイン変更、メーターパネルのデザイン変更、インパネの樹脂パネルの質感も全面的に向上した。内部的にはボディの要所にガセットプレートなどの補強部材が追加されボディ剛性をより一層強化。装備面でもキーレスエントリーの採用や、センターコンソール周辺のデザインの見直しなどが行われるなど、その内容は充実したものであった。 このマイナーチェンジでは、1800ccのエンジンの可変吸気システムが廃され、その代わりにマツダの可変バルブタイミング機構であるS-VT機構が搭載され、馬力・トルクともに向上している(ただし、ハイオクガソリン仕様となった)。 その後、衝突安全性の向上、新騒音・排ガス規制対応および燃費向上のため、NB3型、NB4型とマイナーな変更が施された。
モデル末期の2003年には、限定車ながらターボを搭載し、さらに馬力・トルクを向上させたモデルも販売された。また同時期に、溶接された屋根を追加しクーペのスタイルとしたモデルも限定車ながら販売された。余談ではあるが、このクーペボディの販売名は「ロードスタークーペ」であり、一般名詞としてのroadsterとcoupeから考えると矛盾した名称となっている。しかし、ダイムラー・クライスラーも同様に、スマート・ロードスタークーペも発売したこともある。
3代目 (NC型)
マツダ・ロードスター(3代目)
2005年8月25日に発売された。全幅は5ナンバーの最大幅である1700mmを超えて1720mmとなり、3ナンバーとなった。エンジンは国内・米国仕様は2000cc自然吸気エンジンのみで、欧州市場のみ税制の関係で1800ccも設定されている。国内モデルのトランスミッションは5速MT(標準モデルのみ)/6速MT (RS/VS)/6速AT(標準モデル/VS、VSはパドルシフト付)となっている。プラットフォームは、NCプラットフォームが用いられた。前回のモデルチェンジでは基本コンポーネントをほぼ引き継いでいたが、今回はプラットホームから一新されたため、このモデルチェンジを「真の意味で初めてのモデルチェンジ」とする評論家やファンもいる。
2005年11月には、2005-2006年日本カー・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。マツダとしては1982年-1983年のカペラ/フォード・テルスター以来の受賞となる。
2006年7月18日から開催された英国国際モーターショーで、MX-5 ロードスター・クーペが出品された。車名は「Mazda MX-5 Roadster Coupe」(欧州)、「Mazda MX-5 (Miata) Power Retractable Hard Top」(北米)、「マツダ ロードスター パワーリトラクタブルハードトップ (RHT) 」(日本)。このクルマは幌ではなく電動格納式ハードトップを搭載している。開閉速度は約12秒で世界最速。またルーフをシート後方にトランクとは独立して収納することにより幌のモデルと同じトランク容量を確保している。重量の増加はソフトトップモデルに比べて37kgに抑えられている。日本では2006年8月23日に発売された。
試乗レポートや特徴
値引き情報と燃費情報
中古車相場
値引きと相場
概要
当初、マツダ・ディーラーでも比較的高級車を販売するとして設立されたEunos(ユーノス)店専売モデルの初段として ユーノス・ロードスター の名で1989年8月に先行予約を開始、同年9月1日に発売された(北米での発売はそれより早く同年5月)。国内では予約会で半年以上のバックオーダーを抱えるほどの人気を博し、一時は月産台数が大衆車並みの8,000台近くになるほどだった。マツダ社内での人気も高く、マツダ本社がある広島では本社敷地内で予約会が開かれたのだが、徹夜組もいた順番待ちの列の中には私費でこの車を買い求めようとするマツダ社員も多くいたという。
後に、販売チャネルであったユーノス店がバブル崩壊に伴うマツダの経営戦略見直しにより1996年4月1日をもって消滅し、販売チャネルはマツダアンフィニ店に移った。それでも名称は「ユーノス・ロードスター」のままで販売された。
そして1998年1月に初のフルモデルチェンジを受け、国内の販売名称をマツダ・ロードスターと変更し、現在に至っている。
海外ではマツダ・MX-5 (Mazda MX-5) の名称で販売されている。なお、北米では2代目までマツダ・MX-5ミアータ (Mazda MX-5 Miata) と呼ばれていた。欧州ではNAをMark1、NBをMark2と呼称する場合が多い。
発売当時、小型のオープン2シータースポーツというカテゴリーは市場からほぼ死滅状態であった。1970年代から自動車に対する消費者の嗜好が快適性重視に変わっていったことや、年々厳しくなる北米の衝突安全基準をクリアできなかったことなどがその理由である。しかし、マツダはその間、北米を中心とした度重なる市場調査によって潜在需要が非常に期待できることを掴んでおり(計画自体何度もお蔵入りの危機に遭っていたが、最終的にこの調査結果があったので発売できた)、自動車業界の冷ややかな予測に反し、発売後瞬く間に世界中で大反響を呼んだ。
このヒットにより、欧州の主要メーカーが同様のロードスターを次々とリリースするきっかけとなった。その中には、かつて同様のスポーツカーを発売していた懐かしいブランドMGも含まれていた。
ユーノス・ロードスター以降に発表されたオープン2シーター
BMW・Zシリーズ(Z3、Z4)
メルセデス・ベンツ SLKクラス
スマート・ロードスター
フィアット・バルケッタ
ホンダ・S2000
ホンダ・ビート
MGローバー・MGF
日産・フェアレディZ(ロードスター)
ポルシェ・ボクスター
トヨタ・MR-S
ポンティアック・ソルスティス
サターン・スカイ/オペル・GT
かのライトウェイトスポーツカーの名門ロータスが、「我々の作ろうと思っている車が間違いではないと証明してくれた」と語ったとされ、本場のメーカーを唸らせるほどその完成度は非常に高かった。生産技術の優秀さや性能に対する低コストぶりなど、技術面での評価が目立つ日本車において、車造りの「思想」という面で世界に多大な影響を与えた稀有な存在である。
2000年には生産累計53万1890台を達成し、「世界で最も多く生産された2人乗り小型オープンスポーツカー」としてギネスブックに認定を受けた。また2004年には、生産累計が70万台の大台を達成したとして再度ギネスブックに申請。2007年1月30日には80万台を達成し、三たびギネスへの申請を行なっている。
道路渋滞が多い現代の日本では、新車で販売される自動車のトランスミッションはほぼ100%がATであるが、この車はその性格故にMT車が圧倒的に多かった。初代では実に8-9割、2代目も6割強がMT車である。しかし、3代目からATが6速化され、また代を経るに従って高年齢層のオーナーが増えたことなどもあり、現在の販売では逆転している。
歴史
初代 (NA型)
ユーノス・ロードスター(初代)
初代は、排気量の違いによって大きく二世代に分類される。
まず、1989年から1993年に発売された1600ccエンジンを搭載するNA6CE型(末尾のEはEunosのE)と、1993年以降に発売された1800ccエンジンを搭載するNA8C型である。NA8C型では、国内外からの1600ccエンジンのパワー不足を指摘する声を反映し、エンジンを1800ccに容量アップした。これに伴い、ブレーキやボディの補強、デフの大型化が実施された。トルクは増加したが、同時に前記の理由により重量も増加したことと、最高トルク発生回転数が低いことから、旧1600ccに比べて走行性能にさほど大きな差は無い(パワーウエイトレシオはNA6CE型で7.1kg/ps、NA8C型で7.6kg/ps)。
この車のデザインには、「日本の伝統」をモチーフにしたものが多い。まず、フロントマスクは能面のひとつである「小面」にインスパイアされており、シート表面のパターンは畳表の模様、そしてリアブレーキランプは江戸時代の両替商が使った分銅の形(現代日本の地図記号で「銀行」を表している)、といった具合であり、基本はイギリス・イタリアのライトウェイトスポーツカーのデザイン文法に則りながらも日本のオリジナリティを主張している。また、リアコンビネーションランプ(ブレーキ、ターンシグナル、リバースの異なる色の各ランプを一体成形してある)はそのデザインの良さと機能性の両立を評価され、ニューヨーク近代美術館 (MoMA) に展示・永久収蔵されている。
エンスージアストの中には、重いNA8C型 (990kg) より軽く (950kg) エンジンの噴け上がり感が軽快なNA6CE型を好む者も少なくない。
2004年、辛口の批評で有名な米国のスポーツカー専門誌、スポーツカー・インターナショナルの選出したベスト・スポーツカー1990年代部門で第一位を獲得した。
20世紀に生産された乗用車の中から、世界32ヶ国、約130名の選考委員により選び出すカー・オブ・ザ・センチュリーでベスト100に入った。日本車でベスト100に選ばれたのは、トヨタ・セルシオ、トヨタ・カローラ、日産・フェアレディZ、マツダ・RX-7、ホンダ・シビック(いずれも初代)、ホンダ・NSXのみである。なお、ベスト100からべスト26に絞り込む段階で、日本車は全て脱落した。
2代目 (NB型)
マツダ・ロードスター(2代目)
1998年にモデルチェンジし、2代目となった。初代の販売系列であるユーノス店がマツダディーラーの統廃合で吸収閉鎖された為、マツダ・ロードスターの名前での販売となった。初代のアイデンティティの1つであったリトラクタブルライトは軽量化やヨー慣性モーメント低減などのため廃され、サイズは大きくなることを嫌った設計陣の意地でカタログ上全幅が5ミリ(実車は3ミリ増)広くなったのみに抑えられた。デザインはグラマラスでなおかつ初代に比べ近代的なものになった。走りはサスペンション・ジオメトリーの見直しと補強の追加で、確実な進歩を遂げたと評され、初代よりもボディ補強、安全装備などの増加で避けられないはずの重量増を各部の徹底的な見直しにより最小限に抑えたこともあり本来の軽快感は損なわれていない。内装の質感も向上した。初代ではデリケートな取扱いが不評であったリアのビニールスクリーンもガラス製へと変更された。オプション販売されている脱着式ハードトップは初代 (NA型)から共用してこの2代目(NB型)にも装着可能になっている。 また、2代目では初代の途中で廃止された1600ccエンジンを搭載するモデル(MTは5速)が復活し、可変吸気システムを搭載し改良された1800ccエンジンを搭載するモデル(MTは6速)とともに販売された。1600ccエンジンを搭載するモデルはNB6C型、1800ccエンジンを搭載するモデルはNB8C型である。
2000年にマイナーチェンジ(一般にNB2型と呼ばれる)が行われ、フロントマスクを中心にエクステリアに手が加えられ、座席シートの軽量化とデザイン変更、メーターパネルのデザイン変更、インパネの樹脂パネルの質感も全面的に向上した。内部的にはボディの要所にガセットプレートなどの補強部材が追加されボディ剛性をより一層強化。装備面でもキーレスエントリーの採用や、センターコンソール周辺のデザインの見直しなどが行われるなど、その内容は充実したものであった。 このマイナーチェンジでは、1800ccのエンジンの可変吸気システムが廃され、その代わりにマツダの可変バルブタイミング機構であるS-VT機構が搭載され、馬力・トルクともに向上している(ただし、ハイオクガソリン仕様となった)。 その後、衝突安全性の向上、新騒音・排ガス規制対応および燃費向上のため、NB3型、NB4型とマイナーな変更が施された。
モデル末期の2003年には、限定車ながらターボを搭載し、さらに馬力・トルクを向上させたモデルも販売された。また同時期に、溶接された屋根を追加しクーペのスタイルとしたモデルも限定車ながら販売された。余談ではあるが、このクーペボディの販売名は「ロードスタークーペ」であり、一般名詞としてのroadsterとcoupeから考えると矛盾した名称となっている。しかし、ダイムラー・クライスラーも同様に、スマート・ロードスタークーペも発売したこともある。
3代目 (NC型)
マツダ・ロードスター(3代目)
2005年8月25日に発売された。全幅は5ナンバーの最大幅である1700mmを超えて1720mmとなり、3ナンバーとなった。エンジンは国内・米国仕様は2000cc自然吸気エンジンのみで、欧州市場のみ税制の関係で1800ccも設定されている。国内モデルのトランスミッションは5速MT(標準モデルのみ)/6速MT (RS/VS)/6速AT(標準モデル/VS、VSはパドルシフト付)となっている。プラットフォームは、NCプラットフォームが用いられた。前回のモデルチェンジでは基本コンポーネントをほぼ引き継いでいたが、今回はプラットホームから一新されたため、このモデルチェンジを「真の意味で初めてのモデルチェンジ」とする評論家やファンもいる。
2005年11月には、2005-2006年日本カー・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。マツダとしては1982年-1983年のカペラ/フォード・テルスター以来の受賞となる。
2006年7月18日から開催された英国国際モーターショーで、MX-5 ロードスター・クーペが出品された。車名は「Mazda MX-5 Roadster Coupe」(欧州)、「Mazda MX-5 (Miata) Power Retractable Hard Top」(北米)、「マツダ ロードスター パワーリトラクタブルハードトップ (RHT) 」(日本)。このクルマは幌ではなく電動格納式ハードトップを搭載している。開閉速度は約12秒で世界最速。またルーフをシート後方にトランクとは独立して収納することにより幌のモデルと同じトランク容量を確保している。重量の増加はソフトトップモデルに比べて37kgに抑えられている。日本では2006年8月23日に発売された。
posted by たろ at 17:48| マツダ
マーチ
マーチ (MARCH) は、日産自動車が製造・販売するハッチバック型のコンパクトカーである。
概要
ヴィッツ・フィットとともに、日本のコンパクトカー御三家の一角を占める。日欧両市場での販売を視野に入れており、日本以外では「Micra(マイクラ、ミクラとも読む)」名で販売されている。扱いやすいコンパクトなボディに大人4人が快適に移動できるキャビンを持つ合理的なパッケージングが特長であり専門家の評価も高い。特に2代目・K11型は日欧でカー・オブ・ザ・イヤーを同時受賞するなど高い評価を受けた。また、日本車としては珍しくフルモデルチェンジのスパンがかなり長い[1]のも特徴の一つである。
特徴や燃費情報
中古車情報
新車購入
値引き情報
歴史
初代(K10型・1982-91年)
日産・マーチ(初代・K10型)
1981年10月 第24回東京モーターショーに「NX-018」の名で参考出品。開発は当時東京都杉並区荻窪に在った荻窪事業所にて行われた。荻窪事業所は旧・プリンス自動車工業との合併で手に入れた開発拠点であり、日産初のFF車、チェリー(後のパルサー)も手がけている。初代マーチはその荻窪事業所で新車種として最後に開発され世に出た乗用車である[2]。開発主管には旧・プリンス自動車出身の伊藤修令が務めた。
当初搭載されたエンジンはMA10S 987cc電子キャブレターECC仕様 (E-K10) 。グレードもE(基本性能に徹したモデル)・L(基本的車種でファミリー若者向実用車)・S(機能、内装の充実を図ったモデル)・G(最上級モデル)の3ドアハッチバック車4種類だけだったが、のちにグレードが充実化され、キャンバストップ車や5ドアハッチバック車、MA10ET 987cc水冷ターボECCSエンジンを搭載した「マーチターボ」、MA09ERT930cc空冷式インタークーラー、ダブル過給機付きECCSエンジンを搭載し、ビスカスLSD標準装備のモータースポーツに対応したマーチR、そのグランドツーリング版のマーチスーパーターボなどの車種も登場した[3]。
1982年10月に、モーターショー発表から長期にわたる1年間のプレキャンペーンの後、発売された。「マーチ」の名称は一般公募により決定した。CMキャラクターには、車名の「マーチ」と「マッチ」をかけて近藤真彦が起用された[4]。歴代マーチで唯一ティザーCMを放映していた。
約10年という、日本の量産車としては珍しく、極めて長いモデルライフだった。 当初から、最小限の装備だけを持っていたが、最終型には、パワーウインドウ装着車(FV)も存在した。
派生車種
主な派生車種は、パイクカーの「Be-1」BK10型、MA10Sエンジン搭載・「パオ」PK10型、MA10Sエンジン搭載・「フィガロ」FK10型、MA10ETエンジン搭載や、レーシングフォーミュラーカーの「ザウルスジュニア」NSJ-91型、MA10Eエンジン搭載などが挙げられる。パイクカーの人気は高く、特にBe-1は中古車市場にリセールした方が、本体購入価格より倍近い値段がつくという事で「財テクカー」と呼ばれた。
年表(特記以外、日本国内での出来事)
1978年の初頭 - 日産自動車、リッターカーの開発に着手。
不明年 - リッターカー開発プロジェクト「KX計画」を日産自動車の石原俊社長(当時)直轄化の元でスタート。
1981年10月30日〜11月10日 - 第24回モーターショー(東京都中央区晴海)でFF1000CC乗用車、「NX.018」参考出品。
1981年10月29日〜1982年1月15日 - 車名の募集キャンペーンを実施、全国からの応募数は、565万通に及んだ
1982年10月22日 - 午前11時に東京都中央区銀座にある日産自動車本社にて、K10型マーチの新車発表記者会見が行われた。
1982年10月 - K10型マーチ新発売。エンジン/車種構成、MА10Sキャブレーター仕様、酸化/三元触媒エンジン/4MT車、E・L・S・G仕様/5MT車、L(L仕様5速車三元触媒)・G仕様 /3AT車、L・S・G仕様
1983年4月 3ドアハッチバック「G-COLLET」仕様車追加(4MT/3AT車)。
1983年7月 - 日産50周年記念限定車、50スペシャルII (TWO) 仕様車を限定2000台で販売。特別装備として、フロントグリルに50周年記念エンブレム、50周年記念専用デザインキー、ドアミラー(電動リモコン式)、ブロンズガラスシールド、専用ボディカラー、アクセント・ピンストライプ、155SR12サイズのラジアルタイヤなどを採用。
1983年9月 - 5ドアハッチバック新設定、「FT」・「FC」仕様追加(4MT車にはFT・FC、5MT車にはFT、3AT車にはFT・FCが用意された)、3ドアハッチバック車「G-1」仕様新設定(標準装備として後部がチルト、なおかつ脱着可能な2ウエイ式ガラスサンルーフを設定。※5MT車)。
1984年 - 日産伝統の入門レースカテゴリー、K10型マーチでのワンメークレース「マーチカップ」開催。
1984年2月 - 5ドアハッチバック車の最上級車種、「FV」仕様車追加(4MT車/5MT車/3AT車)。
1985年2月 - マイナーチェンジ。車体の一部変更。「マーチターボ」MA10ETエンジン搭載車を追加(5MT・3AT)。コレットの4MT車にスロープストッパーを採用、MT車でも登坂路の坂道発進を容易にする補助装置として、従来のブレーキシステムにプレッシャーホールドバルブを追加設定。MA10Sでは三元触媒に統一。3ドアハッチバック車ではコレット仕様パワーステアリング車を新設定し、S仕様の4MT車・G仕様5MT車・S仕様3AT車が廃止され、5ドアハッチバック車では、FV仕様4MT車・FT仕様5MT車が廃止された。
1986年3月 - 特別限定車「ターボ・ホワイトセレクト (WS)」仕様車発売。
全国限定1500台。特別装備としてボディをホワイトで統一、ブロンズカラーガラスシールド、W・Sマーク入りボディステッカー、W・Sマーク入り3本スポークステアリング、フロントバケットシート、専用フルクロス布地(グレーカラー斜めストライプ)、などを装備。
1986年9月 - PUMPS!仕様車の追加。特徴としてメインシート表地の着替え選択が可能。メインシートカラーはシャーベットトーンの7色で前/後席ワンセット分と着替え用の前席分が標準装備で、しかもセパレートタイプ、別売で追加注文が可能、色の組み合わせは無限大に近く、ファスナー固定の上、洗濯可能である。
シートカラーバリエーションは、ハーバーブルー、クレープイエロー、ポーラブルー、シェルピンク、コスモグリーン、パンプキンイエロー、ピーコックブルーがあった。
1986年 - 全日本ラリー選手権Aクラスに参戦しドライバーズチャンピオンを獲得。
1987年WRC、サファリーラリーにてNRS(ニッサンラリーサービス)[1]がマーチターボで参戦。
1987年1・3月 - パイクカー第一弾「Be-1」BK10型、MA10Sエンジン搭載車発売。
1987年8月 - 手軽にオープンエアー感覚を楽しめる「マーチ・キャンバストップ」専用仕様車の追加。G-1仕様車の廃止。全車にパワーステアリングをメーカーオプションで拡大設定(L仕様5MT車を除く)。車体色に新色を大量に採用、内装はトリム・シート生地の変更(ターボ仕様車を含む)。MA10ETエンジンは空燃費比最適制御によりEGR装置を廃止。
1987年 - 全日本ラリー選手権Aクラスに参戦しドライバーズチャンピオンを獲得。
1988年1月 - 3ドアハッチバック車、i.Z仕様車発売。
1988年8月 - モータースポーツ活動の対応車種、「マーチR」MA09ERT(930cc)ダブルチャージエンジン搭載、5MT仕様車限定発売。主に国内ラリーで活躍。
1988年 WRC第36回サファリラリーでマーチターボ、JH.ヘイズ/A.Levian組が総合10位A3クラス優勝。
1989年、WRC第2戦、モンテカルロラリーでマーチターボ参戦、ドライバーはP.エクルンド
1989年、WRC第4戦、サファリラリーでマーチターボ、L.モーガン/L.マローテ組が女性コンビながら、総合12位、クラス優勝。
1989年、WRC第13戦、RACラリーでマーチターボ、P.エクルンド/D.ウィトッグ組で参戦、総合21位、クラス3位。
1989年1月 - マイナーチェンジ。5ドアハッチバック車i.Z仕様発売。「スーパーターボ」(E-EK10)5MT/3AT発売。L型5速専用エンジンの廃止。車体の一部変更。コレット・パンプス仕様車にスロープストッパーを標準採用。メーカーオプションとして脱着式ガラスサンルーフの設定をパンプス・コレット・ターボ・スーパーターボに、電動キャンバストップの設定をパンプス・コレット・ターボに、デュアルエキゾーストパイプをRに加え、ターボ・スーパーターボにそれぞれ採用。「マーチ・キャンバストップ」専用仕様車の廃止。
1989年、WRC第6戦、アクロポリスラリー、マーチスーパーターボ、P.エクルンド/B.セデルベルグ組が総合10位、
クラス優勝。クラス分け、過給排気量930cc x1.4倍(ヌトラシーノ(ドライバー)の車が参戦不明
1989年 MA09ERT搭載のEK10FR型マーチRが全日本ラリー選手権シリーズ優勝(Bクラス1001cc以上1600cc未満クラス)。
1989年、WRC第7戦、ラリー.オブ.ニュージーランドでマーチスーパーターボ、P.デビット/W.ジョーンズ組、グループ.N、総合3位、クラス2位獲得。
1988年1月 - パイクカー第2弾、3ドア2ボックス「パオ」PK10型、MA10Sエンジン4MT/3AT搭載車発売。
1990年1月 - i.Z仕様車一部変更。
1991年1月 - 3/5ドアハッチバック車「i.z-f」仕様車発売。
1991年 - MA10Eエンジン搭載、レーシングフォーミラー車「ザウルスジュニア」登場。ザウルスJrカップ発足。
1991年 - K10型マーチ、全車種生産終了。
1991年2月 - パイクカー第3弾、2ドアオープントップ「フィガロ」FK10型、MA10ETエンジン(987cc)3AT搭載車発売。
1992年1・4月 - フルモデルチェンジで3/5ドアK11型マーチへ移行。
2代目(K11型・1992 - 2002年)
日産・マーチ(2代目・K11型)
1992年1月、初のフルモデルチェンジを受けて2代目に移行する。エクステリアデザインに於いてはそのほとんどを、当時の厚木NTC[5]内デザインセンター[6]で日本ユニシスと共同開発の真っ最中だった日産初の造形意匠用CADシステムである「STYLO(スタイロ)」を、試用段階ではあったが初めて造形の初期段階から運用して制作されたものである。ボディ形式は初代に引き続き3ドアと5ドアのハッチバック型、後期型にはワゴン型「マーチBOX」やオープンモデルの「カブリオレ」もラインナップされていた。また、台湾オリジナルモデルとして、3ボックス型のセダンがある。
1998年には派生モデルとして、初代・Z10型キューブが生まれている。
ミドルクラスセダンの初代・P10型プリメーラと同じく、日欧両市場を主要マーケットとして、欧州車と比肩しうる性能や快適性、合理的なパッケージングを実現することを目標として開発された。「安かろう悪かろう」が普通であった当時の日本製コンパクトカーの中では異彩を放つ存在であった。
プラットフォーム及びエンジンは新開発され、1.0/1.3LのCG型エンジンを搭載、5速MT/4速ATに加えて、スバルから供給を受けたCVTを組み合わせていた。CVTの採用は日産では初である。
日本市場での販売実績は、モデルサイクル全般にわたって堅調なもので、マーチに対抗できる商品力を持つ競合車が1999年の初代ヴィッツまで登場しなかったことや、バブル崩壊に伴い、コンパクトカーの経済性が見直されてきたことなどの要因から、登場から4年後の1996年度には142,000台を販売し、記録を更新した。当時の日産は莫大な有利子負債を抱え、深刻な経営状態となっていたがその時期の日産を支えた車種の一つである。
その後ヴィッツ、フィットなど、競争力の高いコンパクトカーが他社から続々と登場したこともあり、販売台数は若干落ちたものの、2001年製の最終モデルでも月間5,000台程度の安定した販売実績を残している。
派生車種
1998年に誕生したトールワゴン・初代「キューブ」は、マーチの基本コンポーネンツを流用して開発された。また、レトロ風のメッキグリルを持ち、リアオーバーハングを延長し独立したトランクルームを備えたセダン、光岡「ビュート」や、無印良品とのコラボレーションモデル「Muji Car 1000」も生まれている。
受賞歴
1992年10月 - 通商産業省選定グッドデザイン賞を受賞。
1992年11月 - 日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞。
1992年11月 - RJCカー・オブ・ザ・イヤー受賞。
1992年11月 - 欧州・カー・オブ・ザ・イヤー受賞。日本車初の快挙である。
年表(特記以外、日本国内での出来事)
1992年1月 - 初のフルモデルチェンジ。
1992年4月 - 安価モデル「E♭」を追加。
1992年8月 - 英国サンダーランド工場で現地生産開始。
1993年1月 - 1.0LエンジンにCVTを組み合わせた「B♭」追加。
1993年4月 - 欧州、日本、RJCの各COTY受賞を記念した特別仕様車「V3 AWARD」設定。ボディカラーは黒と赤の2種類のみ。
1993年11月 - 「アウトストラーダ」「i・z セーフティグリップパッケージ仕様車」を追加[7]。
1994年12月 - 一部改良により、運転席SRSエアバッグを全車標準装備化。
1995年4月 - 運転補助装置付きモデル「アンシャンテ」がオーテックから発売。
1995年12月 - マイナーチェンジ。内外装意匠の一部変更を受ける。
1996年6月 - 特別仕様車「F♯」設定。
1996年10月 - 特別仕様車「D♯」設定。
1996年11月 - 特別仕様車「コレット」設定。
1997年5月 - マイナーチェンジ。全車にデュアルエアバッグ、ABSを標準化、助手席エアバッグの装着に伴いインパネ形状が変更される。外観ではグリルがフード一体型に変更されたのが目に付く。特別仕様車の「コレット」はカタログモデル化、以後「i・z - f」に代わって主要グレードになる。
1997年8月 - 電動ソフトトップを持つオープンモデル「マーチカブリオレ」が登場[8]。
1997年10月 - 丸型ヘッドランプとメッキグリルを持つレトロ調特別仕様車「ボレロ」を設定。
1997年12月 - 1960年代英国風テイストの「ジューク」追加。赤と黒のツートンカラーが特徴。
1998年4月 - 英国生産モデルに、プジョー製1.5L TUD5型ディーゼルエンジンを搭載。
1998年11月 - 丸型ヘッドランプとメッキグリルを備えるレトロ調特別仕様車「ルンバ」を設定。同時に装備充実の「コレットL」を追加。
1999年9月 - 英国生産モデルが累計生産100万台を達成。
1999年11月 - マイナーチェンジ。1.0L CG10DE型の出力向上、1.3LエンジンのCGA3DE型への変更を実施。無段変速機「Hyper CVT」搭載モデルやマーチとしては初の4WD車も設定された。内外装ではヘッドランプのレンズがマルチリフレクター化されたのが目新しい。また、リアオーバーハングを延長したステーションワゴン風モデル、WK11型「マーチBOX」も登場した。高田工業で受託生産。
2000年5月 - モール類をカラード化した特別仕様車「ホワイトリミテッド」設定。ボディカラーは限定のシルキースノーパールのみ。
2000年10月 - 内装を一部変更し、グレード体系も見直し。「Mia」追加。
2000年12月 - オーテックジャパンの手による丸型ヘッドランプが特徴の特別仕様車「ポルカ」を設定。同時に特別仕様車「カジュアルリミテッド」設定。
2001年4月 - K11型国内登録累計100万台達成記念車「コレット - f」を発売。
2001年5月 - 無印良品とのコラボレーションモデル「Muji Car 1000」発売。1000台限定。商用車を思わせるスタイルが特徴。
2003年 - オーテックジャパンの手によるスペシャルモデル「MID - 11」公開。3ドアをベースに、可変バルブタイミング機構を備えたSR20VE型エンジンに6速MTを組み合わせ、204PS・21kg・mの性能を発揮した。エンジンはリアシート部分へ横置きしていた。
備考
日本国内のグレード名は「マーチ(=行進曲)」という名前にちなんで「G♯/A♯/B♭/Esup♭;」といった英米式音階表記となっていた。「♯」は1.3L車、「♭」は1.0L車をそれぞれ示す。初代後期からの人気グレード「i・z - f」は例外であるが、「f」にフォルテ(強弱記号)を用いることでイメージの統一を図っていた。
台湾の裕隆汽車(裕隆日産汽車股有限公司)ではマーチのハッチバック型が「行進曲」という名前で現地生産されていた。
フランスでは氷上レースを戦うために、A32型セフィーロ用VQ30DEエンジンと4WDシステムをミッドマウントしたスペシャルモデルが開発された事がある。
3代目(K12型・2002年 - )
日産・マーチ(3代目・K12型)
2002年2月、2度目のフルモデルチェンジを受ける[9]。ボディ形式は変わらず3ドアと5ドアのハッチバック形式だが、日本市場では2005年のマイナーチェンジを機に、3ドアモデルは廃止され、現在では5ドアのみとなっている。欧州市場ではクーペカブリオレの「マイクラC+C」も発売されており、日本にも2007年7月に導入され1,500台が限定販売されている。
技術面ではルノーと共同開発した「アライアンス・Bプラットフォーム」[10]が初めて採用されたことが最大のトピックである。このプラットフォームはその後登場した多くのルノー車、日産車のベースとなっている。日本仕様車では新開発の1.0/1.2/1.4LのCR型エンジンを搭載、5速MT/4速ATを組み合わせていた。欧州では1.6Lモデルも存在する。駆動方式はFFに加え、電動式四駆「e-4WD」も用意された。2代目の特徴の一つであったCVTは当初ラインナップされていなかったが、2005年のマイナーチェンジを機に1.5LのHR型エンジン+CVT搭載のモデルが復活した。
燃費の向上を目的に、全車に電動式パワーステアリングが採用されているが、パワーアシストの制御が不自然で、ギア比も早すぎるとする評論家が多く、ユーザーの中にもその点を不満に感じている者がいる。また、通常の走行では問題とならないが、横Gが大きくかかるコーナリングを短時間に繰り返した場合、アシストモーターにかかる電流値の合計が急激に増え、フェイルセーフが働き、アシストがオフになる。この場合、復帰までに数分を要する。この症状は同じ部品構成の車種全般に見られる[11]。
くりくりしたヘッドランプとカエルの顔をイメージさせる特徴的なエクステリアデザインは、日本のデザインスタジオで開発された。欧州向け日産車に共通するウイング型のグリルをはじめ、丸くラウンドしたルーフや、わずかに残されたリアノッチ、ショルダー部分のキャッツウォーク形状には2代目の面影を残す。極めて独創的で愛嬌のあるスタイリングであるが、若者の男性や中高年の男性が乗るには少し可愛すぎて照れくさいという声も少なくない。競合車種と比較した場合、全長が短いことや、後ろ下がりのルーフ形状のため、後席居住性やラゲッジスペースは若干劣ることが多い。また、日本仕様車では多彩に用意された個性的な内外装色も特色であり、自動車の優れたカラーデザインを顕彰する「オートカラーアウォード」を3度(内グランプリ2度)受賞している。
カルロス・ゴーンCEO着任後、初めて開発された車種[12]として、その売れ行きには注目が集まったが、発売初年度の日本市場では月販目標台数8,000台を大幅に上回る月平均14,000台を販売し大ヒットとなった。その後、社内外から競合車が続々と発売されたこともあり、販売実績は低下傾向となった。しかし近年では他社の競合車種がモデルチェンジするたびに拡大する傾向にあり、特に車幅が5ナンバー枠ぎりぎりの1,690〜1,695mmとなるものが次々と登場してコンパクト市場においても車幅はコンパクトと言い難い車種が増えている中、車幅枠に余裕のある数少ない車種のひとつとなっていることもあり、発売後4年を経過した2006年現在でも月5,000台程度をコンスタントに売り続けている。
派生車種
3代目マーチをベースとした派生車種は数多い。ただし、これらの車種を一括りに「マーチの派生車」と呼ぶことには議論の余地があると思われる。プラットフォームの共用化が進んだ現在では、かつてのような基幹車種とその派生車種という線引きが明確でなく、マーチが「たまたま」最初のBプラットフォーム採用車となっただけで、むしろ「Bプラットフォーム派生車」と呼んだ方が適切かも知れない。またこれ以外の派生車として、リアオーバーハングを延長し、独立したトランクを備えたセダン、「光岡・ビュート」が存在する。ビュートはマーチの3代目移行後も2代目をベースとしたモデルが継続販売されていたが、2005年9月に13年ぶりとなるモデルチェンジを受けた[13]。
受賞歴
2002年10月 - 経済産業省選定グッドデザイン賞を受賞。
2002年11月 - 「パプリカオレンジ×シナモン」の内外装色組合せと5色の外装色(コミュニケーションカラー)が第5回オートカラーアウォードのグランプリを受賞。
2003年7月 - ドイツのレッド・ドット・デザイン賞受賞。
2003年12月 - 外装色「ショコラ」が第6回オートカラーアウォードのファッションカラー賞受賞。
2005年12月 - 「チャイナブルー×アイスブルー」の内外装色組合せが第7回オートカラーアウォードで2度目のグランプリ受賞。
2007年12月 - 「サクラ×カカオ」の内外装色組合せがオートカラーアウォード2008で3度目のグランプリ受賞。同時にオートカラーデザイナーズセレクション・インテリア部門賞も受賞した。
年表(特記以外、日本国内での出来事)
2001年9月 - 第59回フランクフルトモーターショーに「mm.e」を出品。
2001年10月 - 第35回東京モーターショーにプロトタイプ「mm」参考出品。
2002年2月22日 フルモデルチェンジ。販売は3月5日から。月販目標台数は8,000台。
2002年9月 - 電動式4WD「e-4WD」を1.4L車に設定。同時にオーテックジャパンの手による特別仕様車「ラフィート」を設定。外装はMiniを意識したもの。
2002年9月 - モンディアル・ド・ロトモビル(パリサロン)に出品、電動ハードトップを備えたオープンモデル「マイクラC+C」も併せて展示。
2002年11月 - 英国サンダーランド工場で現地生産を開始。
2003年5月 - 日産自動車創立70周年を記念した特別仕様車を発売。
2003年7月 - スポーティーグレード「14s」を追加。シャープのプラズマクラスター技術を搭載する「プラズマクラスターイオンエアコン」をオプション設定(市販車初)。
2003年9月 - 第60回フランクフルトモーターショーに「マイクラ1.5dCi」を出展。同年10月販売開始。
2003年10月 - オーテックジャパンの手による特別仕様車「12SR」を設定。3ドアモデルのみの設定。チューンナップされたCR12DE型エンジン、専用スポーツサスペンション等を装備。
2004年4月 - マイナーチェンジ。フルーツをイメージした新色を設定したほか、1.0L車を廃止し、1.4L車は5ドアのみとなる。
2004年8月 - オートライトや分割可倒式リアシートなど、装備を充実させた特別仕様車「Vセレクション」を発売。
2004年11月 - オーテックジャパンの手によるレトロ調特別仕様車「ボレロ」を設定。
2004年12月 - 特別仕様車「iセレクション」発売。特徴的なヘッドランプ形状をモティーフにしたシート表皮が特徴。
2005年4月 - 上級モデルのシート表皮を採用した「インテリアセレクション」を発売
2005年6月 - 電動ハードトップモデル「マイクラC+C」を英国で披露。ドイツのコーチビルダー・カルマン社と共同開発した。
2005年8月 - マイナーチェンジ。3ドアモデル廃止と1.5L HR型エンジン搭載モデルの追加が主なトピックである。3ドアモデル廃止に伴い12SRも5ドアベースに変更を受ける。4ATも型番変更され、MC前の4ATで発生していた1速→2速への変速ショックが改善されている。
2005年9月 - フランクフルトモーターショーに生産型「マイクラC+C」および「マイクラ160SR」を出展。
2005年11月 - 欧州市場で「マイクラC+C」を発売開始。
2006年6月 - コンランショップとのコラボレーションモデル「プラスコンラン」を9月まで限定発売。
2006年10月 - 装備充実の「ワンタッチコレクション」「ワンタッチコレクションプラスナビ」を設定。
2007年6月 - マイナーチェンジ。ヘッドランプなどを変更して質感を向上し、内外装に新色を設定。特別仕様車「Plus navi HDD」発売。
2007年7月 - 「マイクラC+C」日本で1500台の限定販売(1月に導入発表)。なお、このモデルのみ、日本でも「マーチ」ではなく「マイクラ」を名乗る。
2007年10月9日 - マーチ誕生25周年を記念して、過去の人気色「ショコラ」「パプリカオレンジ」とインターネットのアンケート投票で一番人気だった「アクアブルー」を採用した「12E/14E FOUR リミテッドカラー」をインターネット予約販売で各色250台限りの限定復刻。
2007年11月8日 - 誕生25周年記念特別仕様車「25th Happiness」「Plus Safety」「KISEKAE」を発売。
概要
ヴィッツ・フィットとともに、日本のコンパクトカー御三家の一角を占める。日欧両市場での販売を視野に入れており、日本以外では「Micra(マイクラ、ミクラとも読む)」名で販売されている。扱いやすいコンパクトなボディに大人4人が快適に移動できるキャビンを持つ合理的なパッケージングが特長であり専門家の評価も高い。特に2代目・K11型は日欧でカー・オブ・ザ・イヤーを同時受賞するなど高い評価を受けた。また、日本車としては珍しくフルモデルチェンジのスパンがかなり長い[1]のも特徴の一つである。
特徴や燃費情報
中古車情報
新車購入
値引き情報
歴史
初代(K10型・1982-91年)
日産・マーチ(初代・K10型)
1981年10月 第24回東京モーターショーに「NX-018」の名で参考出品。開発は当時東京都杉並区荻窪に在った荻窪事業所にて行われた。荻窪事業所は旧・プリンス自動車工業との合併で手に入れた開発拠点であり、日産初のFF車、チェリー(後のパルサー)も手がけている。初代マーチはその荻窪事業所で新車種として最後に開発され世に出た乗用車である[2]。開発主管には旧・プリンス自動車出身の伊藤修令が務めた。
当初搭載されたエンジンはMA10S 987cc電子キャブレターECC仕様 (E-K10) 。グレードもE(基本性能に徹したモデル)・L(基本的車種でファミリー若者向実用車)・S(機能、内装の充実を図ったモデル)・G(最上級モデル)の3ドアハッチバック車4種類だけだったが、のちにグレードが充実化され、キャンバストップ車や5ドアハッチバック車、MA10ET 987cc水冷ターボECCSエンジンを搭載した「マーチターボ」、MA09ERT930cc空冷式インタークーラー、ダブル過給機付きECCSエンジンを搭載し、ビスカスLSD標準装備のモータースポーツに対応したマーチR、そのグランドツーリング版のマーチスーパーターボなどの車種も登場した[3]。
1982年10月に、モーターショー発表から長期にわたる1年間のプレキャンペーンの後、発売された。「マーチ」の名称は一般公募により決定した。CMキャラクターには、車名の「マーチ」と「マッチ」をかけて近藤真彦が起用された[4]。歴代マーチで唯一ティザーCMを放映していた。
約10年という、日本の量産車としては珍しく、極めて長いモデルライフだった。 当初から、最小限の装備だけを持っていたが、最終型には、パワーウインドウ装着車(FV)も存在した。
派生車種
主な派生車種は、パイクカーの「Be-1」BK10型、MA10Sエンジン搭載・「パオ」PK10型、MA10Sエンジン搭載・「フィガロ」FK10型、MA10ETエンジン搭載や、レーシングフォーミュラーカーの「ザウルスジュニア」NSJ-91型、MA10Eエンジン搭載などが挙げられる。パイクカーの人気は高く、特にBe-1は中古車市場にリセールした方が、本体購入価格より倍近い値段がつくという事で「財テクカー」と呼ばれた。
年表(特記以外、日本国内での出来事)
1978年の初頭 - 日産自動車、リッターカーの開発に着手。
不明年 - リッターカー開発プロジェクト「KX計画」を日産自動車の石原俊社長(当時)直轄化の元でスタート。
1981年10月30日〜11月10日 - 第24回モーターショー(東京都中央区晴海)でFF1000CC乗用車、「NX.018」参考出品。
1981年10月29日〜1982年1月15日 - 車名の募集キャンペーンを実施、全国からの応募数は、565万通に及んだ
1982年10月22日 - 午前11時に東京都中央区銀座にある日産自動車本社にて、K10型マーチの新車発表記者会見が行われた。
1982年10月 - K10型マーチ新発売。エンジン/車種構成、MА10Sキャブレーター仕様、酸化/三元触媒エンジン/4MT車、E・L・S・G仕様/5MT車、L(L仕様5速車三元触媒)・G仕様 /3AT車、L・S・G仕様
1983年4月 3ドアハッチバック「G-COLLET」仕様車追加(4MT/3AT車)。
1983年7月 - 日産50周年記念限定車、50スペシャルII (TWO) 仕様車を限定2000台で販売。特別装備として、フロントグリルに50周年記念エンブレム、50周年記念専用デザインキー、ドアミラー(電動リモコン式)、ブロンズガラスシールド、専用ボディカラー、アクセント・ピンストライプ、155SR12サイズのラジアルタイヤなどを採用。
1983年9月 - 5ドアハッチバック新設定、「FT」・「FC」仕様追加(4MT車にはFT・FC、5MT車にはFT、3AT車にはFT・FCが用意された)、3ドアハッチバック車「G-1」仕様新設定(標準装備として後部がチルト、なおかつ脱着可能な2ウエイ式ガラスサンルーフを設定。※5MT車)。
1984年 - 日産伝統の入門レースカテゴリー、K10型マーチでのワンメークレース「マーチカップ」開催。
1984年2月 - 5ドアハッチバック車の最上級車種、「FV」仕様車追加(4MT車/5MT車/3AT車)。
1985年2月 - マイナーチェンジ。車体の一部変更。「マーチターボ」MA10ETエンジン搭載車を追加(5MT・3AT)。コレットの4MT車にスロープストッパーを採用、MT車でも登坂路の坂道発進を容易にする補助装置として、従来のブレーキシステムにプレッシャーホールドバルブを追加設定。MA10Sでは三元触媒に統一。3ドアハッチバック車ではコレット仕様パワーステアリング車を新設定し、S仕様の4MT車・G仕様5MT車・S仕様3AT車が廃止され、5ドアハッチバック車では、FV仕様4MT車・FT仕様5MT車が廃止された。
1986年3月 - 特別限定車「ターボ・ホワイトセレクト (WS)」仕様車発売。
全国限定1500台。特別装備としてボディをホワイトで統一、ブロンズカラーガラスシールド、W・Sマーク入りボディステッカー、W・Sマーク入り3本スポークステアリング、フロントバケットシート、専用フルクロス布地(グレーカラー斜めストライプ)、などを装備。
1986年9月 - PUMPS!仕様車の追加。特徴としてメインシート表地の着替え選択が可能。メインシートカラーはシャーベットトーンの7色で前/後席ワンセット分と着替え用の前席分が標準装備で、しかもセパレートタイプ、別売で追加注文が可能、色の組み合わせは無限大に近く、ファスナー固定の上、洗濯可能である。
シートカラーバリエーションは、ハーバーブルー、クレープイエロー、ポーラブルー、シェルピンク、コスモグリーン、パンプキンイエロー、ピーコックブルーがあった。
1986年 - 全日本ラリー選手権Aクラスに参戦しドライバーズチャンピオンを獲得。
1987年WRC、サファリーラリーにてNRS(ニッサンラリーサービス)[1]がマーチターボで参戦。
1987年1・3月 - パイクカー第一弾「Be-1」BK10型、MA10Sエンジン搭載車発売。
1987年8月 - 手軽にオープンエアー感覚を楽しめる「マーチ・キャンバストップ」専用仕様車の追加。G-1仕様車の廃止。全車にパワーステアリングをメーカーオプションで拡大設定(L仕様5MT車を除く)。車体色に新色を大量に採用、内装はトリム・シート生地の変更(ターボ仕様車を含む)。MA10ETエンジンは空燃費比最適制御によりEGR装置を廃止。
1987年 - 全日本ラリー選手権Aクラスに参戦しドライバーズチャンピオンを獲得。
1988年1月 - 3ドアハッチバック車、i.Z仕様車発売。
1988年8月 - モータースポーツ活動の対応車種、「マーチR」MA09ERT(930cc)ダブルチャージエンジン搭載、5MT仕様車限定発売。主に国内ラリーで活躍。
1988年 WRC第36回サファリラリーでマーチターボ、JH.ヘイズ/A.Levian組が総合10位A3クラス優勝。
1989年、WRC第2戦、モンテカルロラリーでマーチターボ参戦、ドライバーはP.エクルンド
1989年、WRC第4戦、サファリラリーでマーチターボ、L.モーガン/L.マローテ組が女性コンビながら、総合12位、クラス優勝。
1989年、WRC第13戦、RACラリーでマーチターボ、P.エクルンド/D.ウィトッグ組で参戦、総合21位、クラス3位。
1989年1月 - マイナーチェンジ。5ドアハッチバック車i.Z仕様発売。「スーパーターボ」(E-EK10)5MT/3AT発売。L型5速専用エンジンの廃止。車体の一部変更。コレット・パンプス仕様車にスロープストッパーを標準採用。メーカーオプションとして脱着式ガラスサンルーフの設定をパンプス・コレット・ターボ・スーパーターボに、電動キャンバストップの設定をパンプス・コレット・ターボに、デュアルエキゾーストパイプをRに加え、ターボ・スーパーターボにそれぞれ採用。「マーチ・キャンバストップ」専用仕様車の廃止。
1989年、WRC第6戦、アクロポリスラリー、マーチスーパーターボ、P.エクルンド/B.セデルベルグ組が総合10位、
クラス優勝。クラス分け、過給排気量930cc x1.4倍(ヌトラシーノ(ドライバー)の車が参戦不明
1989年 MA09ERT搭載のEK10FR型マーチRが全日本ラリー選手権シリーズ優勝(Bクラス1001cc以上1600cc未満クラス)。
1989年、WRC第7戦、ラリー.オブ.ニュージーランドでマーチスーパーターボ、P.デビット/W.ジョーンズ組、グループ.N、総合3位、クラス2位獲得。
1988年1月 - パイクカー第2弾、3ドア2ボックス「パオ」PK10型、MA10Sエンジン4MT/3AT搭載車発売。
1990年1月 - i.Z仕様車一部変更。
1991年1月 - 3/5ドアハッチバック車「i.z-f」仕様車発売。
1991年 - MA10Eエンジン搭載、レーシングフォーミラー車「ザウルスジュニア」登場。ザウルスJrカップ発足。
1991年 - K10型マーチ、全車種生産終了。
1991年2月 - パイクカー第3弾、2ドアオープントップ「フィガロ」FK10型、MA10ETエンジン(987cc)3AT搭載車発売。
1992年1・4月 - フルモデルチェンジで3/5ドアK11型マーチへ移行。
2代目(K11型・1992 - 2002年)
日産・マーチ(2代目・K11型)
1992年1月、初のフルモデルチェンジを受けて2代目に移行する。エクステリアデザインに於いてはそのほとんどを、当時の厚木NTC[5]内デザインセンター[6]で日本ユニシスと共同開発の真っ最中だった日産初の造形意匠用CADシステムである「STYLO(スタイロ)」を、試用段階ではあったが初めて造形の初期段階から運用して制作されたものである。ボディ形式は初代に引き続き3ドアと5ドアのハッチバック型、後期型にはワゴン型「マーチBOX」やオープンモデルの「カブリオレ」もラインナップされていた。また、台湾オリジナルモデルとして、3ボックス型のセダンがある。
1998年には派生モデルとして、初代・Z10型キューブが生まれている。
ミドルクラスセダンの初代・P10型プリメーラと同じく、日欧両市場を主要マーケットとして、欧州車と比肩しうる性能や快適性、合理的なパッケージングを実現することを目標として開発された。「安かろう悪かろう」が普通であった当時の日本製コンパクトカーの中では異彩を放つ存在であった。
プラットフォーム及びエンジンは新開発され、1.0/1.3LのCG型エンジンを搭載、5速MT/4速ATに加えて、スバルから供給を受けたCVTを組み合わせていた。CVTの採用は日産では初である。
日本市場での販売実績は、モデルサイクル全般にわたって堅調なもので、マーチに対抗できる商品力を持つ競合車が1999年の初代ヴィッツまで登場しなかったことや、バブル崩壊に伴い、コンパクトカーの経済性が見直されてきたことなどの要因から、登場から4年後の1996年度には142,000台を販売し、記録を更新した。当時の日産は莫大な有利子負債を抱え、深刻な経営状態となっていたがその時期の日産を支えた車種の一つである。
その後ヴィッツ、フィットなど、競争力の高いコンパクトカーが他社から続々と登場したこともあり、販売台数は若干落ちたものの、2001年製の最終モデルでも月間5,000台程度の安定した販売実績を残している。
派生車種
1998年に誕生したトールワゴン・初代「キューブ」は、マーチの基本コンポーネンツを流用して開発された。また、レトロ風のメッキグリルを持ち、リアオーバーハングを延長し独立したトランクルームを備えたセダン、光岡「ビュート」や、無印良品とのコラボレーションモデル「Muji Car 1000」も生まれている。
受賞歴
1992年10月 - 通商産業省選定グッドデザイン賞を受賞。
1992年11月 - 日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞。
1992年11月 - RJCカー・オブ・ザ・イヤー受賞。
1992年11月 - 欧州・カー・オブ・ザ・イヤー受賞。日本車初の快挙である。
年表(特記以外、日本国内での出来事)
1992年1月 - 初のフルモデルチェンジ。
1992年4月 - 安価モデル「E♭」を追加。
1992年8月 - 英国サンダーランド工場で現地生産開始。
1993年1月 - 1.0LエンジンにCVTを組み合わせた「B♭」追加。
1993年4月 - 欧州、日本、RJCの各COTY受賞を記念した特別仕様車「V3 AWARD」設定。ボディカラーは黒と赤の2種類のみ。
1993年11月 - 「アウトストラーダ」「i・z セーフティグリップパッケージ仕様車」を追加[7]。
1994年12月 - 一部改良により、運転席SRSエアバッグを全車標準装備化。
1995年4月 - 運転補助装置付きモデル「アンシャンテ」がオーテックから発売。
1995年12月 - マイナーチェンジ。内外装意匠の一部変更を受ける。
1996年6月 - 特別仕様車「F♯」設定。
1996年10月 - 特別仕様車「D♯」設定。
1996年11月 - 特別仕様車「コレット」設定。
1997年5月 - マイナーチェンジ。全車にデュアルエアバッグ、ABSを標準化、助手席エアバッグの装着に伴いインパネ形状が変更される。外観ではグリルがフード一体型に変更されたのが目に付く。特別仕様車の「コレット」はカタログモデル化、以後「i・z - f」に代わって主要グレードになる。
1997年8月 - 電動ソフトトップを持つオープンモデル「マーチカブリオレ」が登場[8]。
1997年10月 - 丸型ヘッドランプとメッキグリルを持つレトロ調特別仕様車「ボレロ」を設定。
1997年12月 - 1960年代英国風テイストの「ジューク」追加。赤と黒のツートンカラーが特徴。
1998年4月 - 英国生産モデルに、プジョー製1.5L TUD5型ディーゼルエンジンを搭載。
1998年11月 - 丸型ヘッドランプとメッキグリルを備えるレトロ調特別仕様車「ルンバ」を設定。同時に装備充実の「コレットL」を追加。
1999年9月 - 英国生産モデルが累計生産100万台を達成。
1999年11月 - マイナーチェンジ。1.0L CG10DE型の出力向上、1.3LエンジンのCGA3DE型への変更を実施。無段変速機「Hyper CVT」搭載モデルやマーチとしては初の4WD車も設定された。内外装ではヘッドランプのレンズがマルチリフレクター化されたのが目新しい。また、リアオーバーハングを延長したステーションワゴン風モデル、WK11型「マーチBOX」も登場した。高田工業で受託生産。
2000年5月 - モール類をカラード化した特別仕様車「ホワイトリミテッド」設定。ボディカラーは限定のシルキースノーパールのみ。
2000年10月 - 内装を一部変更し、グレード体系も見直し。「Mia」追加。
2000年12月 - オーテックジャパンの手による丸型ヘッドランプが特徴の特別仕様車「ポルカ」を設定。同時に特別仕様車「カジュアルリミテッド」設定。
2001年4月 - K11型国内登録累計100万台達成記念車「コレット - f」を発売。
2001年5月 - 無印良品とのコラボレーションモデル「Muji Car 1000」発売。1000台限定。商用車を思わせるスタイルが特徴。
2003年 - オーテックジャパンの手によるスペシャルモデル「MID - 11」公開。3ドアをベースに、可変バルブタイミング機構を備えたSR20VE型エンジンに6速MTを組み合わせ、204PS・21kg・mの性能を発揮した。エンジンはリアシート部分へ横置きしていた。
備考
日本国内のグレード名は「マーチ(=行進曲)」という名前にちなんで「G♯/A♯/B♭/Esup♭;」といった英米式音階表記となっていた。「♯」は1.3L車、「♭」は1.0L車をそれぞれ示す。初代後期からの人気グレード「i・z - f」は例外であるが、「f」にフォルテ(強弱記号)を用いることでイメージの統一を図っていた。
台湾の裕隆汽車(裕隆日産汽車股有限公司)ではマーチのハッチバック型が「行進曲」という名前で現地生産されていた。
フランスでは氷上レースを戦うために、A32型セフィーロ用VQ30DEエンジンと4WDシステムをミッドマウントしたスペシャルモデルが開発された事がある。
3代目(K12型・2002年 - )
日産・マーチ(3代目・K12型)
2002年2月、2度目のフルモデルチェンジを受ける[9]。ボディ形式は変わらず3ドアと5ドアのハッチバック形式だが、日本市場では2005年のマイナーチェンジを機に、3ドアモデルは廃止され、現在では5ドアのみとなっている。欧州市場ではクーペカブリオレの「マイクラC+C」も発売されており、日本にも2007年7月に導入され1,500台が限定販売されている。
技術面ではルノーと共同開発した「アライアンス・Bプラットフォーム」[10]が初めて採用されたことが最大のトピックである。このプラットフォームはその後登場した多くのルノー車、日産車のベースとなっている。日本仕様車では新開発の1.0/1.2/1.4LのCR型エンジンを搭載、5速MT/4速ATを組み合わせていた。欧州では1.6Lモデルも存在する。駆動方式はFFに加え、電動式四駆「e-4WD」も用意された。2代目の特徴の一つであったCVTは当初ラインナップされていなかったが、2005年のマイナーチェンジを機に1.5LのHR型エンジン+CVT搭載のモデルが復活した。
燃費の向上を目的に、全車に電動式パワーステアリングが採用されているが、パワーアシストの制御が不自然で、ギア比も早すぎるとする評論家が多く、ユーザーの中にもその点を不満に感じている者がいる。また、通常の走行では問題とならないが、横Gが大きくかかるコーナリングを短時間に繰り返した場合、アシストモーターにかかる電流値の合計が急激に増え、フェイルセーフが働き、アシストがオフになる。この場合、復帰までに数分を要する。この症状は同じ部品構成の車種全般に見られる[11]。
くりくりしたヘッドランプとカエルの顔をイメージさせる特徴的なエクステリアデザインは、日本のデザインスタジオで開発された。欧州向け日産車に共通するウイング型のグリルをはじめ、丸くラウンドしたルーフや、わずかに残されたリアノッチ、ショルダー部分のキャッツウォーク形状には2代目の面影を残す。極めて独創的で愛嬌のあるスタイリングであるが、若者の男性や中高年の男性が乗るには少し可愛すぎて照れくさいという声も少なくない。競合車種と比較した場合、全長が短いことや、後ろ下がりのルーフ形状のため、後席居住性やラゲッジスペースは若干劣ることが多い。また、日本仕様車では多彩に用意された個性的な内外装色も特色であり、自動車の優れたカラーデザインを顕彰する「オートカラーアウォード」を3度(内グランプリ2度)受賞している。
カルロス・ゴーンCEO着任後、初めて開発された車種[12]として、その売れ行きには注目が集まったが、発売初年度の日本市場では月販目標台数8,000台を大幅に上回る月平均14,000台を販売し大ヒットとなった。その後、社内外から競合車が続々と発売されたこともあり、販売実績は低下傾向となった。しかし近年では他社の競合車種がモデルチェンジするたびに拡大する傾向にあり、特に車幅が5ナンバー枠ぎりぎりの1,690〜1,695mmとなるものが次々と登場してコンパクト市場においても車幅はコンパクトと言い難い車種が増えている中、車幅枠に余裕のある数少ない車種のひとつとなっていることもあり、発売後4年を経過した2006年現在でも月5,000台程度をコンスタントに売り続けている。
派生車種
3代目マーチをベースとした派生車種は数多い。ただし、これらの車種を一括りに「マーチの派生車」と呼ぶことには議論の余地があると思われる。プラットフォームの共用化が進んだ現在では、かつてのような基幹車種とその派生車種という線引きが明確でなく、マーチが「たまたま」最初のBプラットフォーム採用車となっただけで、むしろ「Bプラットフォーム派生車」と呼んだ方が適切かも知れない。またこれ以外の派生車として、リアオーバーハングを延長し、独立したトランクを備えたセダン、「光岡・ビュート」が存在する。ビュートはマーチの3代目移行後も2代目をベースとしたモデルが継続販売されていたが、2005年9月に13年ぶりとなるモデルチェンジを受けた[13]。
受賞歴
2002年10月 - 経済産業省選定グッドデザイン賞を受賞。
2002年11月 - 「パプリカオレンジ×シナモン」の内外装色組合せと5色の外装色(コミュニケーションカラー)が第5回オートカラーアウォードのグランプリを受賞。
2003年7月 - ドイツのレッド・ドット・デザイン賞受賞。
2003年12月 - 外装色「ショコラ」が第6回オートカラーアウォードのファッションカラー賞受賞。
2005年12月 - 「チャイナブルー×アイスブルー」の内外装色組合せが第7回オートカラーアウォードで2度目のグランプリ受賞。
2007年12月 - 「サクラ×カカオ」の内外装色組合せがオートカラーアウォード2008で3度目のグランプリ受賞。同時にオートカラーデザイナーズセレクション・インテリア部門賞も受賞した。
年表(特記以外、日本国内での出来事)
2001年9月 - 第59回フランクフルトモーターショーに「mm.e」を出品。
2001年10月 - 第35回東京モーターショーにプロトタイプ「mm」参考出品。
2002年2月22日 フルモデルチェンジ。販売は3月5日から。月販目標台数は8,000台。
2002年9月 - 電動式4WD「e-4WD」を1.4L車に設定。同時にオーテックジャパンの手による特別仕様車「ラフィート」を設定。外装はMiniを意識したもの。
2002年9月 - モンディアル・ド・ロトモビル(パリサロン)に出品、電動ハードトップを備えたオープンモデル「マイクラC+C」も併せて展示。
2002年11月 - 英国サンダーランド工場で現地生産を開始。
2003年5月 - 日産自動車創立70周年を記念した特別仕様車を発売。
2003年7月 - スポーティーグレード「14s」を追加。シャープのプラズマクラスター技術を搭載する「プラズマクラスターイオンエアコン」をオプション設定(市販車初)。
2003年9月 - 第60回フランクフルトモーターショーに「マイクラ1.5dCi」を出展。同年10月販売開始。
2003年10月 - オーテックジャパンの手による特別仕様車「12SR」を設定。3ドアモデルのみの設定。チューンナップされたCR12DE型エンジン、専用スポーツサスペンション等を装備。
2004年4月 - マイナーチェンジ。フルーツをイメージした新色を設定したほか、1.0L車を廃止し、1.4L車は5ドアのみとなる。
2004年8月 - オートライトや分割可倒式リアシートなど、装備を充実させた特別仕様車「Vセレクション」を発売。
2004年11月 - オーテックジャパンの手によるレトロ調特別仕様車「ボレロ」を設定。
2004年12月 - 特別仕様車「iセレクション」発売。特徴的なヘッドランプ形状をモティーフにしたシート表皮が特徴。
2005年4月 - 上級モデルのシート表皮を採用した「インテリアセレクション」を発売
2005年6月 - 電動ハードトップモデル「マイクラC+C」を英国で披露。ドイツのコーチビルダー・カルマン社と共同開発した。
2005年8月 - マイナーチェンジ。3ドアモデル廃止と1.5L HR型エンジン搭載モデルの追加が主なトピックである。3ドアモデル廃止に伴い12SRも5ドアベースに変更を受ける。4ATも型番変更され、MC前の4ATで発生していた1速→2速への変速ショックが改善されている。
2005年9月 - フランクフルトモーターショーに生産型「マイクラC+C」および「マイクラ160SR」を出展。
2005年11月 - 欧州市場で「マイクラC+C」を発売開始。
2006年6月 - コンランショップとのコラボレーションモデル「プラスコンラン」を9月まで限定発売。
2006年10月 - 装備充実の「ワンタッチコレクション」「ワンタッチコレクションプラスナビ」を設定。
2007年6月 - マイナーチェンジ。ヘッドランプなどを変更して質感を向上し、内外装に新色を設定。特別仕様車「Plus navi HDD」発売。
2007年7月 - 「マイクラC+C」日本で1500台の限定販売(1月に導入発表)。なお、このモデルのみ、日本でも「マーチ」ではなく「マイクラ」を名乗る。
2007年10月9日 - マーチ誕生25周年を記念して、過去の人気色「ショコラ」「パプリカオレンジ」とインターネットのアンケート投票で一番人気だった「アクアブルー」を採用した「12E/14E FOUR リミテッドカラー」をインターネット予約販売で各色250台限りの限定復刻。
2007年11月8日 - 誕生25周年記念特別仕様車「25th Happiness」「Plus Safety」「KISEKAE」を発売。
posted by たろ at 17:47| 日産
ムラーノ
ムラーノ(MURANO)は日産自動車の生産するクロスオーバーSUV型自動車。
概要
日本市場においてはトヨタ・ハリアーを意識し、本格的クロカン車のサファリと、小型SUVのエクストレイルの中間に設定されたモデル。
北米市場では近年人気の高い高級ラグジュアリーSUVと位置づけられている。 元々は日本での販売予定はなかったとされるが、アメリカ合衆国での高い評価を受け、2004年9月より国内販売が開始された。 北米、日本のみならず、世界各地域においても販売されており、全ての地域において名称は「ムラーノ」に統一されている。
製造は福岡県京都郡苅田町の日産自動車九州工場で製造されている。
かつてのテラノの後継車種であるという見方もあるが、クロスカントリー色の濃いテラノの直接的な後継は、欧州・北米で多く展開されているパスファインダーやエクステラである。
特徴と評価や燃費情報
値引き相場
メカニズム
ティアナなどと同じ、『日産・FF-Lプラットフォーム』を使用する。
エンジンはVQ35DE型V6 3500ccまたはQR25DE型直4 2500cc(2500ccは日本・シンガポール仕様のみ)。
トランスミッションは6速マニュアルモード付きCVT(3500cc)または4速AT(2500cc)になる。駆動方式はFFと3500ccのみ4WDがある。
ムラーノは灰皿とシガーライターが標準装備されておらずディーラーオプションとなっている(マーチなどと同様)。
歴史
初代 Z50型(2002年 - 2008年)
日産・ムラーノ(初代)
2002年3月 - 第102回ニューヨーク国際オートショーに出品。
2002年11月 - 北米で販売開始。
2003年2月 - カナダ・トラック・オブ・ザ・イヤーを受賞。
2003年10月 - 第37回東京モーターショーに北米仕様(左ハンドル)を参考出品。
2004年9月2日 - 日本で発売。レッドステージ店で販売する。同月、パリサロンに欧州仕様を出展。
2004年10月29日 - ブルーステージ店での取り扱いを開始。
2005年1月 - 九州工場車両生産累計台数1000万台を記念した期間限定車「カベルネ」を設定。北米向けモデルにのみ採用しているカベルネ色の本革シートをはじめ、装備をした。生産計画台数100台、2005年3月までの期間限定販売。
2005年2月 - ヨーロッパで販売開始。
2005年6月 - 期間限定車「アルテ・カベルネ」を設定。生産計画台数100台、2005年9月までの期間限定販売。
2005年12月27日 - 一部改良。
2007年5月 - 特別仕様車「スタイリッシュシルバーレザー アンコール」を発売。2006年5月に発表した「スタイリッシュシルバーレザー」の復刻版。
2007年9月 - 期間限定車「アルテ・ビアネロッソ」を設定。生産計画台数100台、2008年3月までの期間限定販売。
2007年12月 - 特別仕様車「モードブラウンレザー アンコール」を発売。2006年12月に発表した「モードブラウンレザー」の復刻版。
キャッチコピー
初代
「Premium Sports X SUV」(前期型初期)
「そのスポーツカーは、SUVである。」(前期型中期)
シフト_ワードは「SHIFT_design。ムラーノは、(クロスオーバーSUVの)デザインをシフトする。」
車名の由来
イタリア・ヴェネツィアのムラーノ島より。同島はヴェネツィアン・ガラス職人たちが国外への技術漏洩防止の為あつめられた歴史があるムラーノガラスの名産地であり、この車が歴史と伝統によって培われた美しいガラス工芸品に似た芸術的で美しいシルエットを持っていることから連想された名前。
日本人の苗字に「村野」さんがいるが、まったく関係がないことが2004年にフジテレビ系の深夜枠で放送された日産・ムラーノ提供ドラマ「ハングリー」でも語られた。
概要
日本市場においてはトヨタ・ハリアーを意識し、本格的クロカン車のサファリと、小型SUVのエクストレイルの中間に設定されたモデル。
北米市場では近年人気の高い高級ラグジュアリーSUVと位置づけられている。 元々は日本での販売予定はなかったとされるが、アメリカ合衆国での高い評価を受け、2004年9月より国内販売が開始された。 北米、日本のみならず、世界各地域においても販売されており、全ての地域において名称は「ムラーノ」に統一されている。
製造は福岡県京都郡苅田町の日産自動車九州工場で製造されている。
かつてのテラノの後継車種であるという見方もあるが、クロスカントリー色の濃いテラノの直接的な後継は、欧州・北米で多く展開されているパスファインダーやエクステラである。
特徴と評価や燃費情報
値引き相場
メカニズム
ティアナなどと同じ、『日産・FF-Lプラットフォーム』を使用する。
エンジンはVQ35DE型V6 3500ccまたはQR25DE型直4 2500cc(2500ccは日本・シンガポール仕様のみ)。
トランスミッションは6速マニュアルモード付きCVT(3500cc)または4速AT(2500cc)になる。駆動方式はFFと3500ccのみ4WDがある。
ムラーノは灰皿とシガーライターが標準装備されておらずディーラーオプションとなっている(マーチなどと同様)。
歴史
初代 Z50型(2002年 - 2008年)
日産・ムラーノ(初代)
2002年3月 - 第102回ニューヨーク国際オートショーに出品。
2002年11月 - 北米で販売開始。
2003年2月 - カナダ・トラック・オブ・ザ・イヤーを受賞。
2003年10月 - 第37回東京モーターショーに北米仕様(左ハンドル)を参考出品。
2004年9月2日 - 日本で発売。レッドステージ店で販売する。同月、パリサロンに欧州仕様を出展。
2004年10月29日 - ブルーステージ店での取り扱いを開始。
2005年1月 - 九州工場車両生産累計台数1000万台を記念した期間限定車「カベルネ」を設定。北米向けモデルにのみ採用しているカベルネ色の本革シートをはじめ、装備をした。生産計画台数100台、2005年3月までの期間限定販売。
2005年2月 - ヨーロッパで販売開始。
2005年6月 - 期間限定車「アルテ・カベルネ」を設定。生産計画台数100台、2005年9月までの期間限定販売。
2005年12月27日 - 一部改良。
2007年5月 - 特別仕様車「スタイリッシュシルバーレザー アンコール」を発売。2006年5月に発表した「スタイリッシュシルバーレザー」の復刻版。
2007年9月 - 期間限定車「アルテ・ビアネロッソ」を設定。生産計画台数100台、2008年3月までの期間限定販売。
2007年12月 - 特別仕様車「モードブラウンレザー アンコール」を発売。2006年12月に発表した「モードブラウンレザー」の復刻版。
キャッチコピー
初代
「Premium Sports X SUV」(前期型初期)
「そのスポーツカーは、SUVである。」(前期型中期)
シフト_ワードは「SHIFT_design。ムラーノは、(クロスオーバーSUVの)デザインをシフトする。」
車名の由来
イタリア・ヴェネツィアのムラーノ島より。同島はヴェネツィアン・ガラス職人たちが国外への技術漏洩防止の為あつめられた歴史があるムラーノガラスの名産地であり、この車が歴史と伝統によって培われた美しいガラス工芸品に似た芸術的で美しいシルエットを持っていることから連想された名前。
日本人の苗字に「村野」さんがいるが、まったく関係がないことが2004年にフジテレビ系の深夜枠で放送された日産・ムラーノ提供ドラマ「ハングリー」でも語られた。
posted by たろ at 17:46| 日産
i(アイ)
i(アイ)は、三菱自動車工業が2003年のフランクフルトモーターショーに出展した同社のコンセプトカーであり、2006年に販売を開始した軽乗用車である。
新車値引き
車名の由来
『I(myself/日本語の「自分自身」)』、『愛』、および『innovation(革新)』、『imagination(想像)』、『intelligence(知性)』のイニシャルから。
概要
近年の軽乗用車としては珍しく、5ドアのボディでありながらエンジンをミッドシップマウントし、高効率なパッケージングを採りながら重量配分の最適化により操縦安定性、走行性能を高めているとされている。これはかつて経営の提携関係にあったダイムラー・クライスラーのスマートの技術ノウハウが活かされていると思われがちだが、プラットフォームは三菱自動車の独自開発である。
また、三菱自動車の軽自動車では、派生車を除くとeKワゴン以来4年3ヶ月ぶりのニューモデルである。
iをまとめたのは、2代目パジェロでプロジェクトエンジニア、現プロジェクトエグゼクティブである福井紀王氏。
コンセプトはプレミアムスモールであり、発売当初はターボエンジン搭載モデルのみがラインナップされ、車両本体価格は128万円以上であったが、2006年10月に自然吸気エンジンモデルが登場し、2007年12月までSグレードが105万円から購入できるようになった。(現在は、最廉価のSグレードは106.05万円)
水島製作所(岡山県倉敷市)で生産されている。
スタイル・機構
2台のi
エンジン
搭載するエンジンは、新開発の直列3気筒DOHC12バルブ、可変バルブ機構"MIVEC"付き3B20型で、自然吸気、またはインタークーラー付ターボエンジンである。45度傾けて搭載し、低重心化を図っている。
ターボ仕様は低回転域から過給の効く仕様となっている。
また、このエンジンは、ダイムラーへの供給契約が締結されており、2007年にモデルチェンジされる予定の次期型スマートに搭載される。
レイアウト
ホイールベースは2007年4月現在、既存の軽自動車としては最長(2,550mm)を誇る。なお、ミッドシップレイアウト故にフロントにエンジンを搭載していないためステアリングの切れ角を大きく取ることができ、最小回転半径はロングホイルベースにも関わらず4.5mとなっている。 また、国内の軽自動車では唯一、後面オフセット衝突にも対応している。
エンジンは後部座席の後ろに傾けてマウントされており、長いホイールベースと相まって、従来の「軽」のイメージを変える室内空間を実現した。その一方で、本来荷物置き場になるスペースにエンジンが配置されている都合上、地上高が高めなためリアハッチから重量物を積み込む際はやや苦労する。また、エンジン熱により冷たいものが暖かくなってしまうとの声もある。
エンジンのミッドシップレイアウトによって、他社の既存の軽トールワゴンと比べるとシャープなハンドリングを持っていたが、2006年10月の一部改良において、フロントにネガティブキャンバーをつけたセッティングにより、さらに軽快なハンドリングを目指した。
全高はeKシリーズの1.55mよりも高く1.60mであり、1.55mが上限の機械式立体駐車場に進入することができない。
駆動
二輪駆動の場合は後輪駆動を採用する。 フルタイム4WDシステム(オンデマンド方式)は、ビスカスカップリング(VCU)式フルタイム4WDを採用。路面や走行状況に応じて後輪から前輪に駆動力を最適配分し、すべりやすい路面でのスムーズな発進・加速と優れた走行安定性を実現させる。
グレード
全てのグレードで2WDと4WDを用意する。
自然吸気エンジン搭載グレード
S(2006年10月〜)
L
LX
ターボエンジン搭載グレード
M
G
S(2006年1月〜10月)
発売当初は最も廉価なターボエンジン搭載グレードとして登場。2006年10月よりNAグレードに降格された。
特別仕様車
i-Play Edition(2006年5月17日〜9月)
アップルコンピュータのオーディオプレイヤー「iPod nano」専用スロットなどを装備するほか、アイのロゴマークが刻印されたiPod nanoを進呈。
Limited(2006年7月1日〜10月)
S(初期)をベースに、専用AM/FMラジオ付CDプレーヤー+4スピーカー、UVカット機能付プライバシーガラスを標準装着化。Sよりも低価格。
i倉敷(2006年12月14日〜2007年3月)
S (NA) をベースに、ジーンズ柄シート生地、専用AM/FMラジオ付CDプレーヤー+4スピーカー、UVカットプライバシーガラス、“i倉敷”専用デカールを装備。岡山三菱自動車のみで100台限定販売。
1st Anniversary Edition(2007年1月16日〜9月)
L及びMをベースに、インテリアではブラックのドット柄を採用したシート、インパネ、トリム、カーゴルームカーペットなどを、エクステリアでは水滴防止ドアミラー、左右フロントドアガラスの撥水コーティングとUV&ヒートプロテクトガラス(フロントウィンドウ)などを追加装備する。
Casual Edition(2007年6月19日〜12月)
S (NA) をベースに、バニティミラー(運転席・チケットホルダー付)、プライバシーガラス(リヤドア・テールゲート)、UV&ヒートプロテクトガラス(フロントウィンドウ)を追加装備する。
Sport Style Edition(2007年9月20日〜12月)
LXまたはGをベースとして、外装にROAR製のグリル一体型フロントエアロバンパーやルーフスポイラー、マフラーカッターに装飾。内蔵には、専用色センターパネルや本革巻きのステアリング、シフトノブを装備する。
Bloom Edition(2007年12月25日〜)
Lをベースに、UV&ヒートプロテクトガラス、ボディと同色の電動格納式リモコンドアミラー、助手席側バニティミラーなどを追加装備。インテリアには、同仕様車専用のミント&ブラウンインテリアを採用。
歴史
初代(2006年-)
2003年9月:フランクフルトモーターショーで、コンセプトテストカー『i』を出品。
2003年10月:第37回東京モーターショーに出品。
2005年5月:車種名を『i(アイ)』に正式決定。
2005年11月:ケンタッキーフライドチキン (KFC) のCM『2005年クリスマスキャンペーンパーティバーレル篇』に発売前であるが「出演」。これは日本KFCが三菱商事の関連会社のため。
2006年1月5日:TBSのドラマ「一週間の恋」に登場。
2006年1月24日:販売開始。当初はターボエンジン搭載グレードのみを用意。
2006年5月17日:特別仕様車「i-Play Edition」を発売。
2006年7月1日:特別仕様車「Limited」を発売。
2006年7月25日:ハローキティ特別仕様車「PrincessKitty i」限定1台を日本橋三越で販売。
2006年10月11日:電気自動車「i MiEV」を開発。
2006年10月17日:J.D.パワーによる「2006年日本軽自動車初期品質調査」において1位を記録(ダイハツ・ムーヴラテと同点の61PP100)。[1]
2006年10月24日:マイナーチェンジ。自然吸気エンジン (NA) 搭載グレード発売。ターボ車も一部改良。ネガティブキャンバーをつけたことによりハンドリングを向上させた。
2006年10月25日:グッドデザイン大賞受賞(軽自動車としては初。乗用車としては、プリウス以来2度目)。[2]
2006年10月31日:J.D.パワーによる「2006年日本軽自動車商品性評価調査」において調査開始以来最高得点で1位を記録。[3]
2006年10月31日:2007 日本自動車殿堂カーデザインオブザイヤー受賞。[4]
2006年11月1日:カービュー・カー・オブ・ザ・イヤー2006〜2007 国産部門受賞。[5]
2006年11月14日:2007年次 RJCカー・オブ・ザ・イヤー受賞。
2006年11月18日:第27回日本カー・オブ・ザ・イヤー特別賞「Most Advanced Technology」受賞。
2006年11月30日:第1回あなたが選ぶカー・オブ・ザ・イヤー大賞を受賞。
2006年12月14日:「倉敷ナンバー」のご当地ナンバー認証を記念した特別仕様車「i倉敷」を発売。
2007年1月16日:特別仕様車「1st Anniversary Edition」を発売。
2007年6月19日:特別仕様車「Casual Edition」を発売。
2007年9月6日:特別仕様車「Sport Style Edition」を発売。
2007年12月20日:マイナーチェンジ。UV&ヒートプロテクトガラスや、電動格納式リモコンドアミラー、キーレスオペレーションシなどで装備グレードを拡大。ボディーカラーに「サクラピンクメタリック」と「ドーンシルバー」を追加するほか、ターボ搭載グレードのバンパーをボディ同色に変更した。このほか、前席シート形状の改良やシート生地の変更、パワーステアリング「EPS+」などを追加装備、といった改良を施した。
2007年12月25日:特別仕様車「Bloom Edition」を発売。
新車値引き
車名の由来
『I(myself/日本語の「自分自身」)』、『愛』、および『innovation(革新)』、『imagination(想像)』、『intelligence(知性)』のイニシャルから。
概要
近年の軽乗用車としては珍しく、5ドアのボディでありながらエンジンをミッドシップマウントし、高効率なパッケージングを採りながら重量配分の最適化により操縦安定性、走行性能を高めているとされている。これはかつて経営の提携関係にあったダイムラー・クライスラーのスマートの技術ノウハウが活かされていると思われがちだが、プラットフォームは三菱自動車の独自開発である。
また、三菱自動車の軽自動車では、派生車を除くとeKワゴン以来4年3ヶ月ぶりのニューモデルである。
iをまとめたのは、2代目パジェロでプロジェクトエンジニア、現プロジェクトエグゼクティブである福井紀王氏。
コンセプトはプレミアムスモールであり、発売当初はターボエンジン搭載モデルのみがラインナップされ、車両本体価格は128万円以上であったが、2006年10月に自然吸気エンジンモデルが登場し、2007年12月までSグレードが105万円から購入できるようになった。(現在は、最廉価のSグレードは106.05万円)
水島製作所(岡山県倉敷市)で生産されている。
スタイル・機構
2台のi
エンジン
搭載するエンジンは、新開発の直列3気筒DOHC12バルブ、可変バルブ機構"MIVEC"付き3B20型で、自然吸気、またはインタークーラー付ターボエンジンである。45度傾けて搭載し、低重心化を図っている。
ターボ仕様は低回転域から過給の効く仕様となっている。
また、このエンジンは、ダイムラーへの供給契約が締結されており、2007年にモデルチェンジされる予定の次期型スマートに搭載される。
レイアウト
ホイールベースは2007年4月現在、既存の軽自動車としては最長(2,550mm)を誇る。なお、ミッドシップレイアウト故にフロントにエンジンを搭載していないためステアリングの切れ角を大きく取ることができ、最小回転半径はロングホイルベースにも関わらず4.5mとなっている。 また、国内の軽自動車では唯一、後面オフセット衝突にも対応している。
エンジンは後部座席の後ろに傾けてマウントされており、長いホイールベースと相まって、従来の「軽」のイメージを変える室内空間を実現した。その一方で、本来荷物置き場になるスペースにエンジンが配置されている都合上、地上高が高めなためリアハッチから重量物を積み込む際はやや苦労する。また、エンジン熱により冷たいものが暖かくなってしまうとの声もある。
エンジンのミッドシップレイアウトによって、他社の既存の軽トールワゴンと比べるとシャープなハンドリングを持っていたが、2006年10月の一部改良において、フロントにネガティブキャンバーをつけたセッティングにより、さらに軽快なハンドリングを目指した。
全高はeKシリーズの1.55mよりも高く1.60mであり、1.55mが上限の機械式立体駐車場に進入することができない。
駆動
二輪駆動の場合は後輪駆動を採用する。 フルタイム4WDシステム(オンデマンド方式)は、ビスカスカップリング(VCU)式フルタイム4WDを採用。路面や走行状況に応じて後輪から前輪に駆動力を最適配分し、すべりやすい路面でのスムーズな発進・加速と優れた走行安定性を実現させる。
グレード
全てのグレードで2WDと4WDを用意する。
自然吸気エンジン搭載グレード
S(2006年10月〜)
L
LX
ターボエンジン搭載グレード
M
G
S(2006年1月〜10月)
発売当初は最も廉価なターボエンジン搭載グレードとして登場。2006年10月よりNAグレードに降格された。
特別仕様車
i-Play Edition(2006年5月17日〜9月)
アップルコンピュータのオーディオプレイヤー「iPod nano」専用スロットなどを装備するほか、アイのロゴマークが刻印されたiPod nanoを進呈。
Limited(2006年7月1日〜10月)
S(初期)をベースに、専用AM/FMラジオ付CDプレーヤー+4スピーカー、UVカット機能付プライバシーガラスを標準装着化。Sよりも低価格。
i倉敷(2006年12月14日〜2007年3月)
S (NA) をベースに、ジーンズ柄シート生地、専用AM/FMラジオ付CDプレーヤー+4スピーカー、UVカットプライバシーガラス、“i倉敷”専用デカールを装備。岡山三菱自動車のみで100台限定販売。
1st Anniversary Edition(2007年1月16日〜9月)
L及びMをベースに、インテリアではブラックのドット柄を採用したシート、インパネ、トリム、カーゴルームカーペットなどを、エクステリアでは水滴防止ドアミラー、左右フロントドアガラスの撥水コーティングとUV&ヒートプロテクトガラス(フロントウィンドウ)などを追加装備する。
Casual Edition(2007年6月19日〜12月)
S (NA) をベースに、バニティミラー(運転席・チケットホルダー付)、プライバシーガラス(リヤドア・テールゲート)、UV&ヒートプロテクトガラス(フロントウィンドウ)を追加装備する。
Sport Style Edition(2007年9月20日〜12月)
LXまたはGをベースとして、外装にROAR製のグリル一体型フロントエアロバンパーやルーフスポイラー、マフラーカッターに装飾。内蔵には、専用色センターパネルや本革巻きのステアリング、シフトノブを装備する。
Bloom Edition(2007年12月25日〜)
Lをベースに、UV&ヒートプロテクトガラス、ボディと同色の電動格納式リモコンドアミラー、助手席側バニティミラーなどを追加装備。インテリアには、同仕様車専用のミント&ブラウンインテリアを採用。
歴史
初代(2006年-)
2003年9月:フランクフルトモーターショーで、コンセプトテストカー『i』を出品。
2003年10月:第37回東京モーターショーに出品。
2005年5月:車種名を『i(アイ)』に正式決定。
2005年11月:ケンタッキーフライドチキン (KFC) のCM『2005年クリスマスキャンペーンパーティバーレル篇』に発売前であるが「出演」。これは日本KFCが三菱商事の関連会社のため。
2006年1月5日:TBSのドラマ「一週間の恋」に登場。
2006年1月24日:販売開始。当初はターボエンジン搭載グレードのみを用意。
2006年5月17日:特別仕様車「i-Play Edition」を発売。
2006年7月1日:特別仕様車「Limited」を発売。
2006年7月25日:ハローキティ特別仕様車「PrincessKitty i」限定1台を日本橋三越で販売。
2006年10月11日:電気自動車「i MiEV」を開発。
2006年10月17日:J.D.パワーによる「2006年日本軽自動車初期品質調査」において1位を記録(ダイハツ・ムーヴラテと同点の61PP100)。[1]
2006年10月24日:マイナーチェンジ。自然吸気エンジン (NA) 搭載グレード発売。ターボ車も一部改良。ネガティブキャンバーをつけたことによりハンドリングを向上させた。
2006年10月25日:グッドデザイン大賞受賞(軽自動車としては初。乗用車としては、プリウス以来2度目)。[2]
2006年10月31日:J.D.パワーによる「2006年日本軽自動車商品性評価調査」において調査開始以来最高得点で1位を記録。[3]
2006年10月31日:2007 日本自動車殿堂カーデザインオブザイヤー受賞。[4]
2006年11月1日:カービュー・カー・オブ・ザ・イヤー2006〜2007 国産部門受賞。[5]
2006年11月14日:2007年次 RJCカー・オブ・ザ・イヤー受賞。
2006年11月18日:第27回日本カー・オブ・ザ・イヤー特別賞「Most Advanced Technology」受賞。
2006年11月30日:第1回あなたが選ぶカー・オブ・ザ・イヤー大賞を受賞。
2006年12月14日:「倉敷ナンバー」のご当地ナンバー認証を記念した特別仕様車「i倉敷」を発売。
2007年1月16日:特別仕様車「1st Anniversary Edition」を発売。
2007年6月19日:特別仕様車「Casual Edition」を発売。
2007年9月6日:特別仕様車「Sport Style Edition」を発売。
2007年12月20日:マイナーチェンジ。UV&ヒートプロテクトガラスや、電動格納式リモコンドアミラー、キーレスオペレーションシなどで装備グレードを拡大。ボディーカラーに「サクラピンクメタリック」と「ドーンシルバー」を追加するほか、ターボ搭載グレードのバンパーをボディ同色に変更した。このほか、前席シート形状の改良やシート生地の変更、パワーステアリング「EPS+」などを追加装備、といった改良を施した。
2007年12月25日:特別仕様車「Bloom Edition」を発売。
posted by たろ at 17:45| 三菱