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2008年06月27日

ノート

ノート(Note)は日産自動車で製造されているハッチバック型の乗用車である。

新型のノート値引き情報
ノートの情報
新型ノートの値引き幅
ノートの中古車ガイド
ノートの中古車買取査定


歴史

初代(E11型・2005年-)
日産・ノート

2004年9月2日 - ムラーノの発表会でラフェスタなどとともに先行公開されるが、同車のみ量産試作車が間に合わず、モックアップでの発表であった。
同月、パリサロンでノートをベースとするコンセプトカー「トーン」 (Tone) を出展。
2005年1月20日 - ノート発売。オーテックジャパンによる特別仕様車「ライダー」を設定。
2005年4月 - 特別仕様車「サルサグリーン」が発売。
2005年9月 - フランクフルトモーターショーに欧州向けノートを出展。1.4Lおよび1.6Lのガソリンエンジンと、2仕様の1.5Lディーゼルエンジンを設定する。
2005年10月 - 第39回東京モーターショーに「ノート インスパイアード by アディダス」を出展。
2005年12月 - 一部改良。
2006年1月 - 英サンダーランド工場にて「NOTE」生産開始。ロシアを含む欧州各国で販売。
2006年12月 - 一部改良。HR15DEとCVTの見直しにより、燃費向上。同時にインテリジェントエアコンの採用、シートの形状が変更される。
2007年6月5日 - 特別仕様車「KAGAYAKI Edition(及び同Plus navi HDD)」発売。
2008年1月9日 - マイナーチェンジ。
フロント部分のデザインを変更し、色及びグレードによって3タイプのフロントグリルを設定。
グレード名をRX以外一部変更と同時に、スポーティシリーズにRSが登場。
同時に、15X及び15G(各FOUR含む)に特別仕様車「Plus navi HDD」を設定。
尚、このマイナーチェンジでメーカーオプションとして設定されていたカーウイングスナビゲーションシステムは外された。
内装面では、G,RX,RSにリアセンターアームレストが装備され、メーターには全車燃費計が搭載された。
ライダーには、エンジン等を更にチューンナップしたハイパフォーマンススペックが登場(ベースは15X)。


車名の由来
車名には、音符を意味するnoteと、雑記帳を意味するnoteの意味がある。これには日常の何気ない音に混じり、また生活を記録することで使用者の生活の一部になって欲しい。という開発陣の願いがこめられている。

同時に、N・O・T・Eは、トランク部分の活用モードの名称の頭文字であり、載せる荷物により、

N・二段トランクモード
O・オープン・モード
T・たっぷりモード
E・イージー・フラット・モード
の4種に活用できる

また、パリサロンで発表されたコンセプトカーは、車名が「トーン」(tone)であり、こちらも音色などを表す語である。トランクは、

T・トゥイン・トランク・モード
O・オープン・モード
N・ノン・リッド・モード
E・イージー・フラット・モード
とノートの機能の順番を並び替えずに頭文字を車名にあわせることができる。

日産は「ノート」を登録商標として獲得しなかったため、正式な表記は日産NOTEである。


CM

キャッチコピー
初期「オドロクベキチカラ、自由自在」「オドロクベキトランク、自由自在」

2006年5月〜12月「日産ノート。いちばん自由なコンパクトカーを選ぼう。」

2007年1月〜6月「家族の思い出、もう全部コンパクトカーで。」

2007年6月〜12月「親だって育ち盛り」

2008年1月〜「低燃費系でビュンビュン系」

ちなみに、パリサロン出展時におけるキャッチフレーズは「小さなMPV(マルチ・パーパス・ビークル、多目的車両)」。
posted by たろ at 11:22| 日産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

PINO(ピノ)

PINO(ピノ)は、日産自動車が販売している軽自動車。スズキからのOEM車種で、ベース車はアルト。同様にスズキからマツダにOEM供給されるキャロルとも姉妹車になる。

特徴と評価や燃費情報
新車値引き

導入までの経緯
日産は2006年6月に、スズキとの間で完成車の相互供給に関する提携強化策を発表していた。その中の一環として、軽自動車ラインナップ強化を目的としてモコ(スズキ・MRワゴン)、クリッパー(三菱・ミニキャブ/タウンボックス)、オッティ(三菱・eK)に次ぐ、日産4番目の軽自動車として発売された。2006年11月にはセルボが日産にOEM供給される情報が日本工業新聞等で流れたが、結果として誤報となっている。2007年1月22日から発売を開始した。相互供給の関係で、日産はスズキにセレナを供給。ピノと同日にランディとして発売された。


概要
メインターゲットには20代前半の女性を想定している。日産としては最下層の軽ラインナップを担当し、86万1000円からの価格設定になった。ベース車のアルトと異なり、フロントグリルを他の日産車と共通したウインググリルを採用。他に、バンパーやホイールキャップのデザイン、シート生地等を変更している。オリジナルとなったアルトと違い、5ナンバー登録(届出)のセダンの最廉価グレードおよび4ナンバー登録(届出)のバンはラインナップに含まれない。アルトではオプションのABSが、全車に標準装備となっている。発売当初に、月間2500台の販売を目標にしていると発表された。

発売と同時にソニープラザと共同で雑貨のオンラインショップのピノショップを設置したり、2007年には森永乳業のエスキモーPinoのオープン懸賞を実施するなど、他業種とのコラボレーションも盛んである。


歴史

初代・HC24S系(2007年 - )
2007年1月22日発売。キャロル&アルトとピノの違いは、ピノの方が10s重い。グレードは、2輪駆動のSとE、4輪駆動のS FOURとE FOURの構成になっている。SとEの違いは、ミッションがフルレンジ電子制御4速オートマチックに変更、また内装にも手が加えられている。SはアルトのグレードのGIIに、EはアルトのグレードのXに相当する。
posted by たろ at 11:20| 日産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フーガ

フーガ (FUGA) は日産自動車が生産・販売している高級乗用車である。

特徴や燃費情報
新車購入
値引き情報
フーガの中古車ガイド

概要
フーガは日産伝統の高級セダン、セドリックおよびグロリアの実質的な後継車種である。初代セドリックから数えると11代目、初代グロリアから数えると12代目に当たる。ただしその性格は“SHIFT_ performance”というコンセプトにある通り、開発主管が「ライバルは、BMW・5シリーズ」と豪語するほどの世界に通じるスポーツセダンに転換された。また国内では、“セド・グロ”よりひとまわり大きなエンジンも積む(後述の450GT)ことで、マジェスタをもつライバルのクラウンとも対等に渡り合う商品力を身につけ、輸入車が大半を占める日本の高級車市場でのユーザ−流出にも歯止めをかける。高級仕様のXVはマイナーチェンジで廃止され、現在はスポーティ仕様のGTのみ(高級仕様のXVはマイナーチェンジでGT TypePと名称変更した)。

モデル名のフーガは、東京モーターショー(2003年)出展時には、日本語の「風雅」を意味する“フウガ”という名称が用いられていたが、市販に伴って音楽様式のひとつであるイタリア語のフーガに変更された。どちらもローマ字表記は「FUGA」である。

光岡自動車は旧セドリック/グロリアをベースにガリューを生産していたが、2005年7月にフーガベースへとチェンジアップした(セダンのみ。後に販売されるコンバーチブルはフォード・マスタングベース)。

また、旧セドリックはブルーステージのみの取り扱い、グロリアがレッドステージだったが、両販売系列の全モデル並売化に先駆け、フーガでは全日産販売店ですべてのモデルが買える様になっている。

余談ではあるが、XV系の2WDはオプションでフェンダーミラーが装着可能だった。その場合はドアミラーに連動する装備はされず、カタログやHP上にはシーマやプレジデントに比べるとかなり控えめに表記されていた。


スタイル・機構
骨格・シャシーには、スカイラインやフェアレディZなどにも用いられているFR-Lプラットフォームを使用する。

同社のフラッグシップセダンであるシーマやトヨタのセルシオよりも小さいが、全高を高くするという手法により、スタイルを犠牲にするものの、クラウンや全長5015mmのセルシオ、BMW・7シリーズ、メルセデス・ベンツ Sクラスを上回る室内空間を備えることになった。

エアロダイナミクスでは、Cd値:0.28 フロントゼロリフト、オプションのエアロパーツ装着でCd値0.27、フロント&リヤゼロリフトを達成している。ボディは、ボンネット、トランクフード、ドア内外板にアルミ合金が採用され、軽量化を図っている。

サスペンションはフロントに新開発したダブルウィッシュボーン式で、リヤはマルチリンク式を奢る。サスペンションアームやサブフレームは、すべてアルミ合金が採用されている。 フロントサスペンションの一部のみにアルミを採用するクラウンと比べると大幅にバネ下重量は軽く、高い運動性や優れた乗り心地に寄与している。

また、ショックアブソーバは“リップルコントロール”と呼ばれるシステムによって微小な振動を軽減するほか、ヨーロッパ車には多数採用されているものの国産車では採用例が少なくコストが高いリバウンドスプリングを内蔵し、レーンチェンジやコーナリング時の安定性を高めている。さらにダンパーには“デュアルフローパス”構造を採用した。

またGTスポーツパッケージには、日産独自の4WSであるHICASの後継システム”リア・アクティブステア”によって、優れたハンドリングとスタビリティの両立が実現されている。

トランスミッションは全グレードに関してエクストロイドCVT搭載が見送られ、これもスカイラインやフェアレディZから流用されたマニュアルモード付きフルレンジ電子制御5速AT(5M-ATx)を装備する。Dレンジではアダプティブ・シフト・コントロールが作動。路面状況等に応じて最適なギアを自動選択する。また、シンクロレブコントロールは、マニュアル・モード選択時にシフトダウンを行った場合、ブリッピング(空ぶかし)を行いエンジン回転数を上げ、瞬時にギアと同期化する。


歴史
2003年10月、第37回東京モーターショーにて「フウガ(風雅)」を参考出品。スタイルはほぼ市販車と同様であったが、障子風の天井張り等「和」をイメージした造りになっていた。

2004年4月、ニューヨーク国際オートショーに「インフィニティM45コンセプト」を出展。

2004年10月14日、Y50型フーガを発売。発売開始前の2004年9月2日にはムラーノの発表会で先行公開がなされて話題を呼んだ。

2004年11月、2005年次RJCカー・オブ・ザ・イヤーを受賞。

2005年1月、北米国際自動車ショーに北米向け2006年型「インフィニティM45」および「M35」の市販モデルを出展。3月、北米にてにて販売開始。

2005年4月、上海にて中国向け「フーガ」(中国名:風雅)を披露(2007年、インフィニティに移管)。同月開催された「オート上海 2005」に出展。6月、中国にて販売開始。7月、韓国にて「インフィニティM45」および「M35」を発売。

2005年8月、V8 4.5LエンジンVK45DE型搭載車、"450GT"及び"450GTスポーツパッケージ"を追加。専用内装色として、スポーツ・エレガンスが追加。4.5Lには木目調フィニッシャではなく、本木目フィニッシャーを設定。

2005年11月30日、これまで“450GT”専用だったブラック内装とピアノ調フィニッシャーを組み合わせた『スポーツ・エレガンス』が、2006年3月までの限定で期間限定車『スタイリッシュブラックリミテッド』として、250GT、350GTシリーズにも登場。他にも助手席パワーシートやプライバシーガラスなど450GTと同等の豪華装備が付随。

2006年5月25日、一部仕様変更。これまで450GT、450GTスポーツパッケージ専用だった本木目フィニッシャーを全車標準とした。ライバルであるトヨタ・クラウンが全車プラスティックパネルの内装であるのに対し、フーガでは全車本木目フィニッシャーが標準である。また後席エアコン吹出口や助手席パワーシートを全車標準とし、快適性・安全性をいっそう向上させている。同時に期間限定車『スタイリッシュシルバーレザー』を発売。これまでのベージュ、ブラック、フォーブ内装に加え、シルバーの内装を追加している。

2006年11月16日、期間限定車『スタイリッシュブラックリミテッドII』を発売。ヘッドランプのインナーパネルにスモークメッキを施したブラックのヘッドランプや本革とパールスエードを組み合わせた専用内装を設定。GTシリーズに設定。

2007年12月20日、マイナーチェンジ。 2.5L/3.5Lは新エンジン搭載(VQ25HR/VQ35HR)、フロント/リヤデザインの大幅変更、世界初「インテリジェントペダル」設定など、通常のマイナーチェンジに比べ、かなり規模の大きいマイナーチェンジである。[1]。

インフィニティM35/45北米仕様のSグレードに準じた外観の変更や、内装のトリム、デザイン変更、パドルシフトの追加等が行われた。

「ディスタンスコントロールアシスト(インテリジェントペダル)」というアクセルペダルを制御する世界初の新しい車間制御技術が搭載された。

カーウイングスナビゲーションシステムが従来のDVD方式からHDD方式になり全車に標準装備された。

グレード面では全グレードGT系に統一し、次のように整理される。XV系に設定されていたVIP仕様は、Type Pとして全てのモデルに設定された(マイナーチェンジ前は2.5Lと3.5Lのみの設定だった)。
posted by たろ at 11:20| 日産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月30日

マーチ

マーチ (MARCH) は、日産自動車が製造・販売するハッチバック型のコンパクトカーである。

概要
ヴィッツ・フィットとともに、日本のコンパクトカー御三家の一角を占める。日欧両市場での販売を視野に入れており、日本以外では「Micra(マイクラ、ミクラとも読む)」名で販売されている。扱いやすいコンパクトなボディに大人4人が快適に移動できるキャビンを持つ合理的なパッケージングが特長であり専門家の評価も高い。特に2代目・K11型は日欧でカー・オブ・ザ・イヤーを同時受賞するなど高い評価を受けた。また、日本車としては珍しくフルモデルチェンジのスパンがかなり長い[1]のも特徴の一つである。

特徴や燃費情報
中古車情報
新車購入
値引き情報

歴史

初代(K10型・1982-91年)
日産・マーチ(初代・K10型)

1981年10月 第24回東京モーターショーに「NX-018」の名で参考出品。開発は当時東京都杉並区荻窪に在った荻窪事業所にて行われた。荻窪事業所は旧・プリンス自動車工業との合併で手に入れた開発拠点であり、日産初のFF車、チェリー(後のパルサー)も手がけている。初代マーチはその荻窪事業所で新車種として最後に開発され世に出た乗用車である[2]。開発主管には旧・プリンス自動車出身の伊藤修令が務めた。

当初搭載されたエンジンはMA10S 987cc電子キャブレターECC仕様 (E-K10) 。グレードもE(基本性能に徹したモデル)・L(基本的車種でファミリー若者向実用車)・S(機能、内装の充実を図ったモデル)・G(最上級モデル)の3ドアハッチバック車4種類だけだったが、のちにグレードが充実化され、キャンバストップ車や5ドアハッチバック車、MA10ET 987cc水冷ターボECCSエンジンを搭載した「マーチターボ」、MA09ERT930cc空冷式インタークーラー、ダブル過給機付きECCSエンジンを搭載し、ビスカスLSD標準装備のモータースポーツに対応したマーチR、そのグランドツーリング版のマーチスーパーターボなどの車種も登場した[3]。

1982年10月に、モーターショー発表から長期にわたる1年間のプレキャンペーンの後、発売された。「マーチ」の名称は一般公募により決定した。CMキャラクターには、車名の「マーチ」と「マッチ」をかけて近藤真彦が起用された[4]。歴代マーチで唯一ティザーCMを放映していた。

約10年という、日本の量産車としては珍しく、極めて長いモデルライフだった。 当初から、最小限の装備だけを持っていたが、最終型には、パワーウインドウ装着車(FV)も存在した。


派生車種
主な派生車種は、パイクカーの「Be-1」BK10型、MA10Sエンジン搭載・「パオ」PK10型、MA10Sエンジン搭載・「フィガロ」FK10型、MA10ETエンジン搭載や、レーシングフォーミュラーカーの「ザウルスジュニア」NSJ-91型、MA10Eエンジン搭載などが挙げられる。パイクカーの人気は高く、特にBe-1は中古車市場にリセールした方が、本体購入価格より倍近い値段がつくという事で「財テクカー」と呼ばれた。


年表(特記以外、日本国内での出来事)
1978年の初頭 - 日産自動車、リッターカーの開発に着手。
不明年 - リッターカー開発プロジェクト「KX計画」を日産自動車の石原俊社長(当時)直轄化の元でスタート。
1981年10月30日〜11月10日 - 第24回モーターショー(東京都中央区晴海)でFF1000CC乗用車、「NX.018」参考出品。
1981年10月29日〜1982年1月15日 - 車名の募集キャンペーンを実施、全国からの応募数は、565万通に及んだ
1982年10月22日 - 午前11時に東京都中央区銀座にある日産自動車本社にて、K10型マーチの新車発表記者会見が行われた。
1982年10月 - K10型マーチ新発売。エンジン/車種構成、MА10Sキャブレーター仕様、酸化/三元触媒エンジン/4MT車、E・L・S・G仕様/5MT車、L(L仕様5速車三元触媒)・G仕様 /3AT車、L・S・G仕様
1983年4月 3ドアハッチバック「G-COLLET」仕様車追加(4MT/3AT車)。
1983年7月 - 日産50周年記念限定車、50スペシャルII (TWO) 仕様車を限定2000台で販売。特別装備として、フロントグリルに50周年記念エンブレム、50周年記念専用デザインキー、ドアミラー(電動リモコン式)、ブロンズガラスシールド、専用ボディカラー、アクセント・ピンストライプ、155SR12サイズのラジアルタイヤなどを採用。
1983年9月 - 5ドアハッチバック新設定、「FT」・「FC」仕様追加(4MT車にはFT・FC、5MT車にはFT、3AT車にはFT・FCが用意された)、3ドアハッチバック車「G-1」仕様新設定(標準装備として後部がチルト、なおかつ脱着可能な2ウエイ式ガラスサンルーフを設定。※5MT車)。
1984年 - 日産伝統の入門レースカテゴリー、K10型マーチでのワンメークレース「マーチカップ」開催。
1984年2月 - 5ドアハッチバック車の最上級車種、「FV」仕様車追加(4MT車/5MT車/3AT車)。
1985年2月 - マイナーチェンジ。車体の一部変更。「マーチターボ」MA10ETエンジン搭載車を追加(5MT・3AT)。コレットの4MT車にスロープストッパーを採用、MT車でも登坂路の坂道発進を容易にする補助装置として、従来のブレーキシステムにプレッシャーホールドバルブを追加設定。MA10Sでは三元触媒に統一。3ドアハッチバック車ではコレット仕様パワーステアリング車を新設定し、S仕様の4MT車・G仕様5MT車・S仕様3AT車が廃止され、5ドアハッチバック車では、FV仕様4MT車・FT仕様5MT車が廃止された。
1986年3月 - 特別限定車「ターボ・ホワイトセレクト (WS)」仕様車発売。
全国限定1500台。特別装備としてボディをホワイトで統一、ブロンズカラーガラスシールド、W・Sマーク入りボディステッカー、W・Sマーク入り3本スポークステアリング、フロントバケットシート、専用フルクロス布地(グレーカラー斜めストライプ)、などを装備。
1986年9月 - PUMPS!仕様車の追加。特徴としてメインシート表地の着替え選択が可能。メインシートカラーはシャーベットトーンの7色で前/後席ワンセット分と着替え用の前席分が標準装備で、しかもセパレートタイプ、別売で追加注文が可能、色の組み合わせは無限大に近く、ファスナー固定の上、洗濯可能である。
シートカラーバリエーションは、ハーバーブルー、クレープイエロー、ポーラブルー、シェルピンク、コスモグリーン、パンプキンイエロー、ピーコックブルーがあった。

1986年 - 全日本ラリー選手権Aクラスに参戦しドライバーズチャンピオンを獲得。
1987年WRC、サファリーラリーにてNRS(ニッサンラリーサービス)[1]がマーチターボで参戦。
1987年1・3月 - パイクカー第一弾「Be-1」BK10型、MA10Sエンジン搭載車発売。
1987年8月 - 手軽にオープンエアー感覚を楽しめる「マーチ・キャンバストップ」専用仕様車の追加。G-1仕様車の廃止。全車にパワーステアリングをメーカーオプションで拡大設定(L仕様5MT車を除く)。車体色に新色を大量に採用、内装はトリム・シート生地の変更(ターボ仕様車を含む)。MA10ETエンジンは空燃費比最適制御によりEGR装置を廃止。
1987年 - 全日本ラリー選手権Aクラスに参戦しドライバーズチャンピオンを獲得。
1988年1月 - 3ドアハッチバック車、i.Z仕様車発売。
1988年8月 - モータースポーツ活動の対応車種、「マーチR」MA09ERT(930cc)ダブルチャージエンジン搭載、5MT仕様車限定発売。主に国内ラリーで活躍。
1988年 WRC第36回サファリラリーでマーチターボ、JH.ヘイズ/A.Levian組が総合10位A3クラス優勝。
1989年、WRC第2戦、モンテカルロラリーでマーチターボ参戦、ドライバーはP.エクルンド
1989年、WRC第4戦、サファリラリーでマーチターボ、L.モーガン/L.マローテ組が女性コンビながら、総合12位、クラス優勝。

1989年、WRC第13戦、RACラリーでマーチターボ、P.エクルンド/D.ウィトッグ組で参戦、総合21位、クラス3位。
1989年1月 - マイナーチェンジ。5ドアハッチバック車i.Z仕様発売。「スーパーターボ」(E-EK10)5MT/3AT発売。L型5速専用エンジンの廃止。車体の一部変更。コレット・パンプス仕様車にスロープストッパーを標準採用。メーカーオプションとして脱着式ガラスサンルーフの設定をパンプス・コレット・ターボ・スーパーターボに、電動キャンバストップの設定をパンプス・コレット・ターボに、デュアルエキゾーストパイプをRに加え、ターボ・スーパーターボにそれぞれ採用。「マーチ・キャンバストップ」専用仕様車の廃止。
1989年、WRC第6戦、アクロポリスラリー、マーチスーパーターボ、P.エクルンド/B.セデルベルグ組が総合10位、
クラス優勝。クラス分け、過給排気量930cc x1.4倍(ヌトラシーノ(ドライバー)の車が参戦不明

1989年 MA09ERT搭載のEK10FR型マーチRが全日本ラリー選手権シリーズ優勝(Bクラス1001cc以上1600cc未満クラス)。
1989年、WRC第7戦、ラリー.オブ.ニュージーランドでマーチスーパーターボ、P.デビット/W.ジョーンズ組、グループ.N、総合3位、クラス2位獲得。
1988年1月 - パイクカー第2弾、3ドア2ボックス「パオ」PK10型、MA10Sエンジン4MT/3AT搭載車発売。
1990年1月 - i.Z仕様車一部変更。
1991年1月 - 3/5ドアハッチバック車「i.z-f」仕様車発売。
1991年 - MA10Eエンジン搭載、レーシングフォーミラー車「ザウルスジュニア」登場。ザウルスJrカップ発足。
1991年 - K10型マーチ、全車種生産終了。
1991年2月 - パイクカー第3弾、2ドアオープントップ「フィガロ」FK10型、MA10ETエンジン(987cc)3AT搭載車発売。
1992年1・4月 - フルモデルチェンジで3/5ドアK11型マーチへ移行。

2代目(K11型・1992 - 2002年)
日産・マーチ(2代目・K11型)

1992年1月、初のフルモデルチェンジを受けて2代目に移行する。エクステリアデザインに於いてはそのほとんどを、当時の厚木NTC[5]内デザインセンター[6]で日本ユニシスと共同開発の真っ最中だった日産初の造形意匠用CADシステムである「STYLO(スタイロ)」を、試用段階ではあったが初めて造形の初期段階から運用して制作されたものである。ボディ形式は初代に引き続き3ドアと5ドアのハッチバック型、後期型にはワゴン型「マーチBOX」やオープンモデルの「カブリオレ」もラインナップされていた。また、台湾オリジナルモデルとして、3ボックス型のセダンがある。

1998年には派生モデルとして、初代・Z10型キューブが生まれている。

ミドルクラスセダンの初代・P10型プリメーラと同じく、日欧両市場を主要マーケットとして、欧州車と比肩しうる性能や快適性、合理的なパッケージングを実現することを目標として開発された。「安かろう悪かろう」が普通であった当時の日本製コンパクトカーの中では異彩を放つ存在であった。

プラットフォーム及びエンジンは新開発され、1.0/1.3LのCG型エンジンを搭載、5速MT/4速ATに加えて、スバルから供給を受けたCVTを組み合わせていた。CVTの採用は日産では初である。

日本市場での販売実績は、モデルサイクル全般にわたって堅調なもので、マーチに対抗できる商品力を持つ競合車が1999年の初代ヴィッツまで登場しなかったことや、バブル崩壊に伴い、コンパクトカーの経済性が見直されてきたことなどの要因から、登場から4年後の1996年度には142,000台を販売し、記録を更新した。当時の日産は莫大な有利子負債を抱え、深刻な経営状態となっていたがその時期の日産を支えた車種の一つである。

その後ヴィッツ、フィットなど、競争力の高いコンパクトカーが他社から続々と登場したこともあり、販売台数は若干落ちたものの、2001年製の最終モデルでも月間5,000台程度の安定した販売実績を残している。


派生車種
1998年に誕生したトールワゴン・初代「キューブ」は、マーチの基本コンポーネンツを流用して開発された。また、レトロ風のメッキグリルを持ち、リアオーバーハングを延長し独立したトランクルームを備えたセダン、光岡「ビュート」や、無印良品とのコラボレーションモデル「Muji Car 1000」も生まれている。


受賞歴
1992年10月 - 通商産業省選定グッドデザイン賞を受賞。
1992年11月 - 日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞。
1992年11月 - RJCカー・オブ・ザ・イヤー受賞。
1992年11月 - 欧州・カー・オブ・ザ・イヤー受賞。日本車初の快挙である。

年表(特記以外、日本国内での出来事)
1992年1月 - 初のフルモデルチェンジ。
1992年4月 - 安価モデル「E♭」を追加。
1992年8月 - 英国サンダーランド工場で現地生産開始。
1993年1月 - 1.0LエンジンにCVTを組み合わせた「B♭」追加。
1993年4月 - 欧州、日本、RJCの各COTY受賞を記念した特別仕様車「V3 AWARD」設定。ボディカラーは黒と赤の2種類のみ。
1993年11月 - 「アウトストラーダ」「i・z セーフティグリップパッケージ仕様車」を追加[7]。
1994年12月 - 一部改良により、運転席SRSエアバッグを全車標準装備化。
1995年4月 - 運転補助装置付きモデル「アンシャンテ」がオーテックから発売。
1995年12月 - マイナーチェンジ。内外装意匠の一部変更を受ける。
1996年6月 - 特別仕様車「F♯」設定。
1996年10月 - 特別仕様車「D♯」設定。
1996年11月 - 特別仕様車「コレット」設定。
1997年5月 - マイナーチェンジ。全車にデュアルエアバッグ、ABSを標準化、助手席エアバッグの装着に伴いインパネ形状が変更される。外観ではグリルがフード一体型に変更されたのが目に付く。特別仕様車の「コレット」はカタログモデル化、以後「i・z - f」に代わって主要グレードになる。
1997年8月 - 電動ソフトトップを持つオープンモデル「マーチカブリオレ」が登場[8]。
1997年10月 - 丸型ヘッドランプとメッキグリルを持つレトロ調特別仕様車「ボレロ」を設定。
1997年12月 - 1960年代英国風テイストの「ジューク」追加。赤と黒のツートンカラーが特徴。
1998年4月 - 英国生産モデルに、プジョー製1.5L TUD5型ディーゼルエンジンを搭載。
1998年11月 - 丸型ヘッドランプとメッキグリルを備えるレトロ調特別仕様車「ルンバ」を設定。同時に装備充実の「コレットL」を追加。
1999年9月 - 英国生産モデルが累計生産100万台を達成。
1999年11月 - マイナーチェンジ。1.0L CG10DE型の出力向上、1.3LエンジンのCGA3DE型への変更を実施。無段変速機「Hyper CVT」搭載モデルやマーチとしては初の4WD車も設定された。内外装ではヘッドランプのレンズがマルチリフレクター化されたのが目新しい。また、リアオーバーハングを延長したステーションワゴン風モデル、WK11型「マーチBOX」も登場した。高田工業で受託生産。
2000年5月 - モール類をカラード化した特別仕様車「ホワイトリミテッド」設定。ボディカラーは限定のシルキースノーパールのみ。
2000年10月 - 内装を一部変更し、グレード体系も見直し。「Mia」追加。
2000年12月 - オーテックジャパンの手による丸型ヘッドランプが特徴の特別仕様車「ポルカ」を設定。同時に特別仕様車「カジュアルリミテッド」設定。
2001年4月 - K11型国内登録累計100万台達成記念車「コレット - f」を発売。
2001年5月 - 無印良品とのコラボレーションモデル「Muji Car 1000」発売。1000台限定。商用車を思わせるスタイルが特徴。
2003年 - オーテックジャパンの手によるスペシャルモデル「MID - 11」公開。3ドアをベースに、可変バルブタイミング機構を備えたSR20VE型エンジンに6速MTを組み合わせ、204PS・21kg・mの性能を発揮した。エンジンはリアシート部分へ横置きしていた。

備考
日本国内のグレード名は「マーチ(=行進曲)」という名前にちなんで「G♯/A♯/B♭/Esup♭;」といった英米式音階表記となっていた。「♯」は1.3L車、「♭」は1.0L車をそれぞれ示す。初代後期からの人気グレード「i・z - f」は例外であるが、「f」にフォルテ(強弱記号)を用いることでイメージの統一を図っていた。
台湾の裕隆汽車(裕隆日産汽車股有限公司)ではマーチのハッチバック型が「行進曲」という名前で現地生産されていた。
フランスでは氷上レースを戦うために、A32型セフィーロ用VQ30DEエンジンと4WDシステムをミッドマウントしたスペシャルモデルが開発された事がある。

3代目(K12型・2002年 - )
日産・マーチ(3代目・K12型)

2002年2月、2度目のフルモデルチェンジを受ける[9]。ボディ形式は変わらず3ドアと5ドアのハッチバック形式だが、日本市場では2005年のマイナーチェンジを機に、3ドアモデルは廃止され、現在では5ドアのみとなっている。欧州市場ではクーペカブリオレの「マイクラC+C」も発売されており、日本にも2007年7月に導入され1,500台が限定販売されている。

技術面ではルノーと共同開発した「アライアンス・Bプラットフォーム」[10]が初めて採用されたことが最大のトピックである。このプラットフォームはその後登場した多くのルノー車、日産車のベースとなっている。日本仕様車では新開発の1.0/1.2/1.4LのCR型エンジンを搭載、5速MT/4速ATを組み合わせていた。欧州では1.6Lモデルも存在する。駆動方式はFFに加え、電動式四駆「e-4WD」も用意された。2代目の特徴の一つであったCVTは当初ラインナップされていなかったが、2005年のマイナーチェンジを機に1.5LのHR型エンジン+CVT搭載のモデルが復活した。

燃費の向上を目的に、全車に電動式パワーステアリングが採用されているが、パワーアシストの制御が不自然で、ギア比も早すぎるとする評論家が多く、ユーザーの中にもその点を不満に感じている者がいる。また、通常の走行では問題とならないが、横Gが大きくかかるコーナリングを短時間に繰り返した場合、アシストモーターにかかる電流値の合計が急激に増え、フェイルセーフが働き、アシストがオフになる。この場合、復帰までに数分を要する。この症状は同じ部品構成の車種全般に見られる[11]。

くりくりしたヘッドランプとカエルの顔をイメージさせる特徴的なエクステリアデザインは、日本のデザインスタジオで開発された。欧州向け日産車に共通するウイング型のグリルをはじめ、丸くラウンドしたルーフや、わずかに残されたリアノッチ、ショルダー部分のキャッツウォーク形状には2代目の面影を残す。極めて独創的で愛嬌のあるスタイリングであるが、若者の男性や中高年の男性が乗るには少し可愛すぎて照れくさいという声も少なくない。競合車種と比較した場合、全長が短いことや、後ろ下がりのルーフ形状のため、後席居住性やラゲッジスペースは若干劣ることが多い。また、日本仕様車では多彩に用意された個性的な内外装色も特色であり、自動車の優れたカラーデザインを顕彰する「オートカラーアウォード」を3度(内グランプリ2度)受賞している。

カルロス・ゴーンCEO着任後、初めて開発された車種[12]として、その売れ行きには注目が集まったが、発売初年度の日本市場では月販目標台数8,000台を大幅に上回る月平均14,000台を販売し大ヒットとなった。その後、社内外から競合車が続々と発売されたこともあり、販売実績は低下傾向となった。しかし近年では他社の競合車種がモデルチェンジするたびに拡大する傾向にあり、特に車幅が5ナンバー枠ぎりぎりの1,690〜1,695mmとなるものが次々と登場してコンパクト市場においても車幅はコンパクトと言い難い車種が増えている中、車幅枠に余裕のある数少ない車種のひとつとなっていることもあり、発売後4年を経過した2006年現在でも月5,000台程度をコンスタントに売り続けている。


派生車種
3代目マーチをベースとした派生車種は数多い。ただし、これらの車種を一括りに「マーチの派生車」と呼ぶことには議論の余地があると思われる。プラットフォームの共用化が進んだ現在では、かつてのような基幹車種とその派生車種という線引きが明確でなく、マーチが「たまたま」最初のBプラットフォーム採用車となっただけで、むしろ「Bプラットフォーム派生車」と呼んだ方が適切かも知れない。またこれ以外の派生車として、リアオーバーハングを延長し、独立したトランクを備えたセダン、「光岡・ビュート」が存在する。ビュートはマーチの3代目移行後も2代目をベースとしたモデルが継続販売されていたが、2005年9月に13年ぶりとなるモデルチェンジを受けた[13]。

受賞歴
2002年10月 - 経済産業省選定グッドデザイン賞を受賞。
2002年11月 - 「パプリカオレンジ×シナモン」の内外装色組合せと5色の外装色(コミュニケーションカラー)が第5回オートカラーアウォードのグランプリを受賞。
2003年7月 - ドイツのレッド・ドット・デザイン賞受賞。
2003年12月 - 外装色「ショコラ」が第6回オートカラーアウォードのファッションカラー賞受賞。
2005年12月 - 「チャイナブルー×アイスブルー」の内外装色組合せが第7回オートカラーアウォードで2度目のグランプリ受賞。
2007年12月 - 「サクラ×カカオ」の内外装色組合せがオートカラーアウォード2008で3度目のグランプリ受賞。同時にオートカラーデザイナーズセレクション・インテリア部門賞も受賞した。

年表(特記以外、日本国内での出来事)
2001年9月 - 第59回フランクフルトモーターショーに「mm.e」を出品。
2001年10月 - 第35回東京モーターショーにプロトタイプ「mm」参考出品。
2002年2月22日 フルモデルチェンジ。販売は3月5日から。月販目標台数は8,000台。
2002年9月 - 電動式4WD「e-4WD」を1.4L車に設定。同時にオーテックジャパンの手による特別仕様車「ラフィート」を設定。外装はMiniを意識したもの。
2002年9月 - モンディアル・ド・ロトモビル(パリサロン)に出品、電動ハードトップを備えたオープンモデル「マイクラC+C」も併せて展示。
2002年11月 - 英国サンダーランド工場で現地生産を開始。
2003年5月 - 日産自動車創立70周年を記念した特別仕様車を発売。
2003年7月 - スポーティーグレード「14s」を追加。シャープのプラズマクラスター技術を搭載する「プラズマクラスターイオンエアコン」をオプション設定(市販車初)。
2003年9月 - 第60回フランクフルトモーターショーに「マイクラ1.5dCi」を出展。同年10月販売開始。
2003年10月 - オーテックジャパンの手による特別仕様車「12SR」を設定。3ドアモデルのみの設定。チューンナップされたCR12DE型エンジン、専用スポーツサスペンション等を装備。
2004年4月 - マイナーチェンジ。フルーツをイメージした新色を設定したほか、1.0L車を廃止し、1.4L車は5ドアのみとなる。
2004年8月 - オートライトや分割可倒式リアシートなど、装備を充実させた特別仕様車「Vセレクション」を発売。
2004年11月 - オーテックジャパンの手によるレトロ調特別仕様車「ボレロ」を設定。
2004年12月 - 特別仕様車「iセレクション」発売。特徴的なヘッドランプ形状をモティーフにしたシート表皮が特徴。
2005年4月 - 上級モデルのシート表皮を採用した「インテリアセレクション」を発売
2005年6月 - 電動ハードトップモデル「マイクラC+C」を英国で披露。ドイツのコーチビルダー・カルマン社と共同開発した。
2005年8月 - マイナーチェンジ。3ドアモデル廃止と1.5L HR型エンジン搭載モデルの追加が主なトピックである。3ドアモデル廃止に伴い12SRも5ドアベースに変更を受ける。4ATも型番変更され、MC前の4ATで発生していた1速→2速への変速ショックが改善されている。
2005年9月 - フランクフルトモーターショーに生産型「マイクラC+C」および「マイクラ160SR」を出展。
2005年11月 - 欧州市場で「マイクラC+C」を発売開始。
2006年6月 - コンランショップとのコラボレーションモデル「プラスコンラン」を9月まで限定発売。
2006年10月 - 装備充実の「ワンタッチコレクション」「ワンタッチコレクションプラスナビ」を設定。
2007年6月 - マイナーチェンジ。ヘッドランプなどを変更して質感を向上し、内外装に新色を設定。特別仕様車「Plus navi HDD」発売。
2007年7月 - 「マイクラC+C」日本で1500台の限定販売(1月に導入発表)。なお、このモデルのみ、日本でも「マーチ」ではなく「マイクラ」を名乗る。
2007年10月9日 - マーチ誕生25周年を記念して、過去の人気色「ショコラ」「パプリカオレンジ」とインターネットのアンケート投票で一番人気だった「アクアブルー」を採用した「12E/14E FOUR リミテッドカラー」をインターネット予約販売で各色250台限りの限定復刻。
2007年11月8日 - 誕生25周年記念特別仕様車「25th Happiness」「Plus Safety」「KISEKAE」を発売。
posted by たろ at 17:47| 日産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ムラーノ

ムラーノ(MURANO)は日産自動車の生産するクロスオーバーSUV型自動車。

概要
日本市場においてはトヨタ・ハリアーを意識し、本格的クロカン車のサファリと、小型SUVのエクストレイルの中間に設定されたモデル。

北米市場では近年人気の高い高級ラグジュアリーSUVと位置づけられている。 元々は日本での販売予定はなかったとされるが、アメリカ合衆国での高い評価を受け、2004年9月より国内販売が開始された。 北米、日本のみならず、世界各地域においても販売されており、全ての地域において名称は「ムラーノ」に統一されている。

製造は福岡県京都郡苅田町の日産自動車九州工場で製造されている。

かつてのテラノの後継車種であるという見方もあるが、クロスカントリー色の濃いテラノの直接的な後継は、欧州・北米で多く展開されているパスファインダーやエクステラである。

特徴と評価や燃費情報
値引き相場

メカニズム
ティアナなどと同じ、『日産・FF-Lプラットフォーム』を使用する。

エンジンはVQ35DE型V6 3500ccまたはQR25DE型直4 2500cc(2500ccは日本・シンガポール仕様のみ)。

トランスミッションは6速マニュアルモード付きCVT(3500cc)または4速AT(2500cc)になる。駆動方式はFFと3500ccのみ4WDがある。

ムラーノは灰皿とシガーライターが標準装備されておらずディーラーオプションとなっている(マーチなどと同様)。


歴史

初代 Z50型(2002年 - 2008年)
日産・ムラーノ(初代)

2002年3月 - 第102回ニューヨーク国際オートショーに出品。
2002年11月 - 北米で販売開始。
2003年2月 - カナダ・トラック・オブ・ザ・イヤーを受賞。
2003年10月 - 第37回東京モーターショーに北米仕様(左ハンドル)を参考出品。
2004年9月2日 - 日本で発売。レッドステージ店で販売する。同月、パリサロンに欧州仕様を出展。
2004年10月29日 - ブルーステージ店での取り扱いを開始。
2005年1月 - 九州工場車両生産累計台数1000万台を記念した期間限定車「カベルネ」を設定。北米向けモデルにのみ採用しているカベルネ色の本革シートをはじめ、装備をした。生産計画台数100台、2005年3月までの期間限定販売。
2005年2月 - ヨーロッパで販売開始。
2005年6月 - 期間限定車「アルテ・カベルネ」を設定。生産計画台数100台、2005年9月までの期間限定販売。
2005年12月27日 - 一部改良。
2007年5月 - 特別仕様車「スタイリッシュシルバーレザー アンコール」を発売。2006年5月に発表した「スタイリッシュシルバーレザー」の復刻版。
2007年9月 - 期間限定車「アルテ・ビアネロッソ」を設定。生産計画台数100台、2008年3月までの期間限定販売。
2007年12月 - 特別仕様車「モードブラウンレザー アンコール」を発売。2006年12月に発表した「モードブラウンレザー」の復刻版。


キャッチコピー

初代
「Premium Sports X SUV」(前期型初期)
「そのスポーツカーは、SUVである。」(前期型中期)
シフト_ワードは「SHIFT_design。ムラーノは、(クロスオーバーSUVの)デザインをシフトする。」

車名の由来
イタリア・ヴェネツィアのムラーノ島より。同島はヴェネツィアン・ガラス職人たちが国外への技術漏洩防止の為あつめられた歴史があるムラーノガラスの名産地であり、この車が歴史と伝統によって培われた美しいガラス工芸品に似た芸術的で美しいシルエットを持っていることから連想された名前。

日本人の苗字に「村野」さんがいるが、まったく関係がないことが2004年にフジテレビ系の深夜枠で放送された日産・ムラーノ提供ドラマ「ハングリー」でも語られた。
posted by たろ at 17:46| 日産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月20日

日産/ラフェスタ

ラフェスタ(LAFESTA)は日産自動車が製造する5ナンバーサイズ、7人乗りのミニバン型乗用車。モデル概要日産ムラーノの発表会上で同時発表された6車種の一つ。
ラフェスタ(日産自動車)



リバティの後継車種にあたり、ルノー・メガーヌと共通のアライアンス・Cプラットフォームを用いる。後席ドアにはリバティと同様に両側スライドドアを採用している。ガソリンの挿入口は「リバティ」が左側であったのに対し最近の日産FF(前輪駆動)車にあわせ右側に。 ラフェスタ情報 シフト_ワードはSHIFT_ open feeling「開放感を、シフトする。」 スペース確保のしやすいスクエアフォルム(=面を直立させた構成の)とし、窓を大きくとり、大型サンルーフであるパノラミック・サンルーフを標準装備(パノラミックルーフレスの場合70,000円安)するなどの工夫で全ての席で開放感を高めている。 ヨーロッパでは、プジョー・307などで採用されたこの大型サンルーフだが、日本での本格的な採用はクーペなどを除きほぼこれがはじめて。このあとすぐにステーションワゴン車で本田技研工業が同等コンセプトの「スカイルーフ」を採用したエアウェイブを、約半年後にはトヨタが「パノラマルーフ」採用のトール2ボックス型コンパクト・カー『ラクティスを発売しかも各車ともにステアリング・シフトも採用している。その後も各社が続々と新型車や特別仕様車に大型サンルーフを採用し、トレンドとまでなった。中古車販売店情報

ラフェスタの新車値引き

発売当初は、グレード構成が20S、20M、プレイフルのみだったが、2005年8月25日からは、ハイウェイスターが追加された。 メカニズムエンジンは低速域でのトルクを重視したという新開発のMR20DE型直列4気筒2.0Lエンジンを搭載。 駆動方式はFFまたは四輪駆動で、トランスミッションは駆動方式やグレードに関係なく、軽い力で操作できる電動アシストシフト付きCVTになり、スポーツグレードの「M」には6速マニュアルモード内蔵のパドルシフトが付く。 B30型 (2004年-) 2004年9月2日 ムラーノの発表会でフーガなどとともに横浜市の大さん橋ホールにて先行公開される。(この日の発表会には横浜市の中田宏市長も出席した) 2004年12月2日 ラフェスタを販売開始。型式はB30型。オーテックジャパンによる特別仕様車「ライダー」を設定。 2005年8月25日 ハイウェイスターを追加。 2005年12月7日 一部改良。20Mが廃止される。20G、20SPセレクションが追加。



日産ラフェスタ情報



2004年9月2日 ムラーノの発表会でフーガなどとともに横浜市の大さん橋ホールにて先行公開される(この日の発表会には横浜市の中田宏市長も出席した)。

2004年12月2日 ラフェスタを販売開始。型式はB30型。オーテックジャパンによる特別仕様車「ライダー」を設定。

2005年8月25日 ハイウェイスターを追加。

2005年12月7日 一部改良。20Mが廃止される。20G、20SPセレクションを追加。

2007年5月15日 マイナーチェンジ。主に外観を変更。プレイフルがラインアップから外れる。

ラフェスタの中古車選び
posted by たろ at 11:50| 日産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月25日

ティーダ

ティーダ (TIIDA) は、日産自動車の5ドアハッチバック型乗用車。
ティーダは同車の販売開始によって生産を終了した、日産伝統の大衆車サニーの事実上の後継モデル。また、2000年8月にパルサーセリエの生産を終了して以来、日産から同クラスのハッチバックが消えていたこともあり、同車の後継も兼ねる。ティーダという名が英語のTIDEを語源とするというだけでなく、沖縄方言で太陽の意を表す“てぃーだ”から来ているということも、それを暗示している。ティーダ情報

当初はアジア戦略車と位置付けられていたが、2006年にはメキシコのアグアスカリエンテス工場でも生産を開始して、「ヴァーサ」(Versa, 米国・カナダ向け。メキシコ向けは日本と同じティーダ)の名称で北米サブコンパクト市場に投入される。さらにはメキシコから欧州市場への輸出も計画されている。

姉妹車にセダンの日産・ティーダラティオがあるが、海外名は区別せず、単に「ティーダ・セダン」「ティーダ・ハッチバック」と呼ばれる。モデル名が「ヴァーサ」となる米国でも同様に「ヴァーサ・セダン」「ヴァーサ・ハッチバック」となっている。また中国では、漢字表記のときのみに際し同音異字を用いている。

機構・メカニズム
シャシー(プラットフォーム)は、日産の事実上の親会社で、アライアンス関係を結んでいるルノーと共同開発し、すでにマーチやルノー・モデュスなどで使用されているアライアンス・Bプラットフォームの中でも、特にキューブキュービックのものをベースに開発されている。

ボディサイズは、全長4205mm、全幅1695mm、全高1535mm(4WDモデルは1540mm)、ホイールベース2600mmと、近年このクラスのモデルが大型化して3ナンバーボディを採用することが多い中、5ナンバーサイズを堅持している。

エンジンは低中速トルク・燃費性能・環境性能を、従来のQG型から大幅に向上させたという、新開発のHR15DE型直列4気筒1.5Lエンジンを搭載。2005年初頭には同じく新開発のMR18DE型直列4気筒1.8Lエンジンを追加した。

トランスミッションは4速AT(E-ATx)と伝達効率を向上させた新開発CVT(エクストロニックCVT)を用意。ただしe-4WDシステム(トランスファー、プロペラシャフトを用いず、電気モーターによって後輪を駆動する)搭載車には4速ATのみしか用意されない。これはCVTとe-4WDがうまく合わなかったためとされる。

C11型 (2004年-)
2003年10月 - 第37回東京モーターショーにコンセプトカー「シーノート(C-NOTE)」を出展。
2004年6月 - 北京モーターショーに「シーノート(C-NOTE)」を出展。
2004年9月30日 - ティーダ発売。オーテックジャパンによる特別仕様車「アクシス」を設定。
2004年10月29日 - セダンバージョンである、ティーダラティオ(SC11型)が追加
2005年1月 - 新開発のMR18DE型直列4気筒1.8リットルモデルを追加。
2005年4月 - 上海で中国向け「ティーダ ハッチバック」(中国名:騏達)を披露。
2005年12月 - 一部改良。15Mにフォグランプと本革ステアリングが標準装備される。
2006年6月 - 台湾、タイ王国で相次いで発売開始。
2006年12月 - 一部改良。環境性能が改良され、燃費が向上する。メーカーオプションにHDDナビが設定される。
posted by たろ at 08:34| 日産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月04日

プレサージュ

初代 U30型(1998年-2003年)
1998年6月23日 U30型プレサージュ登場。N30型ルネッサのプラットフォームを基に、当時人気を博していたホンダ・オデッセイに対抗させるため発売された。当時、プレーリージョイにて採用していたスライドドアは採用せず、後席ドアも前席ドアと同じ前ヒンジドアになる。搭載エンジンはKA24DE型直列4気筒DOHC2388cc、YD25DDTi型直列4気筒DOHC2488cc直噴インタークーラー付ディーゼルターボ、およびVQ30DE型V型6気筒DOHC2987ccの3機種。
キャッチコピーは「SWITCH TO プレサージュ」
しかし、日産の開発陣のこだわりからか、現状でも一般個人向けでなく、一部の大手企業や官公庁などごく少数の需要しかない、電気自動車(EV)のバッテリーモーターを搭載する事を前提に企画設計された事により、フロアの高さが高くなり乗り降りがしづらかった事、車高寸法の割に室内高に余裕がない事と後方につれて傾斜が高くなっていたフロアが災いし、後部座席で座った状態の姿勢が体育座りの状態となってしまうなど、先行発売されたルネッサと同様に、ユーザーや購入を検討していた顧客からの評判が芳しくなく、人気や販売と共に低調を続けてしまう結果となった。 プレサージュ情報
1999年11月 コンポーネンツを同一としたサニー店、プリンス店(現在のレッドステージ)向けの「バサラ」(JU30型)が登場(2003年6月まで)。
2001年8月 マイナーチェンジ。搭載エンジンがQR25DE型直列4気筒DOHC2488ccとVQ30DE型の2機種となる。ディーゼル車はカタログ落ちし、ハイウェイスターが追加された。また、オーテックジャパンによる特別仕様車である「アクシス(AXIS)」が設定されていたが、新たに「ライダー(Rider)」が設定された。
末期モデルは在庫処分の際、タクシー会社にワゴンタクシーとして大量販売された。

2代目 U31型(2003年-)

2代目日産プレサージュ 前期型2003年7月 U31型にモデルチェンジ。車名ロゴが「Presage」から「PRESAGE」に変更された。ティアナムラーノと同じくFF-Lプラットフォームを使用している。後席ドアに両側ともスライドドアを採用する。エンジンはVQ35DE型V型6気筒3498cc(231ps)とQR25DE型直列4気筒2488cc(163ps)の2タイプ。ディーゼル車は設定されない。VQ35DE搭載車にはエクストロニックCVTが装備されているが、マニュアルモードはない。2列目のシートは2代目マツダ・MPVと同様ベンチシートとなっている。
2004年10月 一部改良。ハイウェイスターの外装を一部変更したほか、全グレードの内装および装備を変更。オーテックジャパンによる特別仕様車「ライダーS」を追加設定。同クラスであるエルグランドの存在が濃すぎるためか、やや隠れる存在となっている。なお、初の海外販売として香港(中国)へ輸出。追ってシンガポールへも輸出が開始された。2500ccのみの輸出に留まっている。
2006年5月29日 ビッグマイナーチェンジ。「車格にしてはカジュアルすぎた」という意見が多い前期型の外観から大幅に変更されて、ヘッドライトはムラーノに似た押し出しの強いものになる。また、内装についても北米専用車のクエストと同様、従来のセンターメーターと楕円状のセンタークラスターが廃止されてオーソドックスなデザインに改められている。ボディーカラーも大幅に変更される。グレードも整理され、3.5Lエンジンは前期型に設定されていた4WD(オールモード式)は廃止され2WDのみとなり、積雪寒冷地の顧客を軽視した内容となった。ハイウェイスターは、2.5Lエンジンに加えて3.5Lエンジンも設定される。なお、3.5Lエンジンはハイウェイスターとオーテックの特別仕様車「ライダー」「ライダーS」のみの装備に留まる。この他、「ライダーαU」も新規で登場したが2.5Lのみの設定となる。また"SHIFT_brilliance"(ミニバンの輝きをシフトする)というシフト・ワードが設定された。
posted by たろ at 07:40| 日産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月06日

セレナ

日産:セレナ (SERENA)は日産車体が製造、日産自動車が販売する乗用車。セミキャブオーバー型のミニバン。初代は商用モデルのカーゴもあった。セレナ情報

2005年5月31日 C25型にモデルチェンジ。ラフェスタと同様、ルノーと共通のアライアンス・Cプラットフォームに用いる。車名ロゴが「SERENA」はそのままであった。搭載エンジンはMR20DE型直列4気筒DOHC1997ccのみ。フジテレビ系列で放送のめざましテレビのめざまし体操キャラバン(2005年7月下旬〜8月30日・2006年7月下旬〜8月31日)のコーナーでこの型のホワイトが使用された。キャッチコピーは、「あなたなら、だれ、誘う? BIG3列。FUN8人。」、シフトコンセプトは、「SHIFT_capacity 1BOXの可能性をシフトする。」セレナ(ミニバン)
2005年11月 横浜市立大学とセレナをベースとするドクターカーを用いた共同研究を開始。
2005年12月 一部改良によりエアブルーの本体色の設定が無くなる。「ライダー」を除く全車がグリーン税制に適合(「平成22年度燃費基準+5%」達成、「平成17年基準排出ガス75%低減レベル(SU-LEV)」認定)。また、ヘッドランプレベライザーなどの設定で灯火器の保安基準改正に対応。
2006年6月13日 ハイウェイスターおよびオーテックジャパンによる特別仕様車の「RIDER αU」(来年3月までの限定発売)・「アクシス」を追加。本体色にファウンテンブルーを追加。
posted by たろ at 15:21| 日産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月22日

キューブ

日産キューブ(にっさんキューブ、NISSAN CUBE)は、日産自動車で製造・発売している乗用車。

その名の通り、スペース重視のコンセプトを持った車だが、一般的なミニバンよりもボンネットが際立つユニークなスタイリング。日産の事実上の親会社で、アライアンス関係を結んでいるルノーと共同開発したプラットフォームを使用している(マーチやルノー・モデュスと共用)。
キューブの公式ページ

現行Z11型は窓の数、ピラーの位置など、ボディシェルが左右非対称に作られているのが大きな特徴。キューブ情報

2002年10月8日 Z11型にモデルチェンジ。エンジンはマーチと同じCR14DE型・1400cc(98ps)のみ。テールランプは従来の縦型からリアバンパー内蔵の横型となり、角をイメージした個性的なデザインが話題を呼び、マーチに続き、大ヒット車になった。キャッチコピーは、「Cube.My room.」。
トランスミッションは6速マニュアルモード付きCVT「エクストロニックCVT-M6」または電子制御4速オートマチック「E-ATx」。CVT車で、マニュアルモードにした場合はステアリングのスイッチで変速する。背面は非対称、ガソリン口は右にある。4WD車はプロペラシャフト、トランスファが不要な「e・4WD」システムを搭載。キューブ(自動車セレクション)

2003年9月 派生車種として、3列シート7人乗りのキューブキュービックが登場。

2005年5月 マイナーチェンジ。CR14DEに加えて、ティーダやノートに搭載されているHR15DEエンジン搭載モデルを追加され、フロントグリルの穴は正方形から丸に変更された。 CR14DE搭載車はミッションがE-ATxのみとなり、CVTはHR15DE搭載車に設定される。なお、今回の変更に伴いCVTの6速マニュアルモードは落とされた。また、1400cc、1500ccともに平成17年度排出ガス規制75%低減レベル(SU-LEV)認定を受ける。シフトコンセプトは、「SHIFT_ originality オリジナリティをシフトする。」
posted by たろ at 08:35| 日産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする