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2008年04月30日

ベリーサ

ベリーサ (VERISA) は、デミオと同じマツダ・DYプラットフォームを用いて2004年6月に発売が開始された、マツダの自動車である。

試乗レポートや特徴
値引き情報と燃費情報
値引きと相場

概要
アクセラの発売により廃止されたファミリアとデミオとの中間帯の補完のため、国内専売車種として開発された。[1]

デミオとの差別化のため、このクラスとしては異例の本皮シートをオプション採用し、インテリジェント・キーを標準装備するなど、プレミアム・コンパクトカーという位置付けを狙った車である。

エンジンは1500ccで、トランスミッションはATのみ。前輪駆動方式に加え、デミオと同じく日産自動車のe-4WD方式の四輪駆動もラインナップする。

従来の現行マツダ車に比してオーディオレス設定も用意したのは、ユーザーのオーディオ指向の多様化に対応したものと思われる。

デミオは、モデルチェンジでダウンサイジングが行われたため、今後は先代デミオのポジションを担っていくことになると思われる。

2004年(第25回)日本カー・オブ・ザ・イヤーベストバリュー賞を受賞している。

^ 開発主査の談話によると、自身のかつての愛車であった5代目ファミリア(1980年〜1984年)・ハッチバックの再来を目指して「ベリーサ」を開発したとの話がある。

車名の由来
イタリア語の「Verita」(真実)と英語の「Satisfaction」(満足)を併せた造語で『真の充足』という意味を込めている。

歴史

初代
2004年6月 - 発売。
2004年11月 - 日本カー・オブ・ザ・イヤーベストバリュー賞を受賞。
2005年6月 - マイナーチェンジ。
L(レザー内装モデル)、C(通常内装モデル)の2機種体制になる。内装飾にベージュを追加。燃費性能向上。
2006年8月 - マイナーチェンジ
インテリアは、Lの内装をブラック×ブラウンで本皮仕様に変更、Cの内装をオリーブとダークレッドに変更。インパネセンターパネル/シフトパネルをブラックメタリック調パネルに変更。
エクステリアは、ドレスアップパッケージにブライトモールディングを追加。
装備は、オーディオリモートコントロールスイッチ付きステアリングが標準装備になる。ドアミラー内蔵グラウンドイルミネーションランプを追加(2WDモデル)。LED室内間接照明を追加。
2006年12月 - 特別仕様車『T Style』発表
Lをベースに車内を明るいサンドベージュにし、シートとステアリングをサンドベージュカラーとブラックの本皮仕様。15インチアルミホイールを標準装備しており、特別仕様車専用のハイランドグリーンマイカと現行の3色が選べる。
2007年12月 - 特別仕様車『Stylish V』発表
posted by たろ at 17:49| マツダ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ロードスター

ロードスター (Roadster) は、マツダが生産している2人乗りオープンカー(ロードスター)である。自然吸気のレシプロエンジンを搭載し、駆動方式は後輪駆動。

試乗レポートや特徴
値引き情報と燃費情報
中古車相場
値引きと相場

概要
当初、マツダ・ディーラーでも比較的高級車を販売するとして設立されたEunos(ユーノス)店専売モデルの初段として ユーノス・ロードスター の名で1989年8月に先行予約を開始、同年9月1日に発売された(北米での発売はそれより早く同年5月)。国内では予約会で半年以上のバックオーダーを抱えるほどの人気を博し、一時は月産台数が大衆車並みの8,000台近くになるほどだった。マツダ社内での人気も高く、マツダ本社がある広島では本社敷地内で予約会が開かれたのだが、徹夜組もいた順番待ちの列の中には私費でこの車を買い求めようとするマツダ社員も多くいたという。

後に、販売チャネルであったユーノス店がバブル崩壊に伴うマツダの経営戦略見直しにより1996年4月1日をもって消滅し、販売チャネルはマツダアンフィニ店に移った。それでも名称は「ユーノス・ロードスター」のままで販売された。

そして1998年1月に初のフルモデルチェンジを受け、国内の販売名称をマツダ・ロードスターと変更し、現在に至っている。

海外ではマツダ・MX-5 (Mazda MX-5) の名称で販売されている。なお、北米では2代目までマツダ・MX-5ミアータ (Mazda MX-5 Miata) と呼ばれていた。欧州ではNAをMark1、NBをMark2と呼称する場合が多い。

発売当時、小型のオープン2シータースポーツというカテゴリーは市場からほぼ死滅状態であった。1970年代から自動車に対する消費者の嗜好が快適性重視に変わっていったことや、年々厳しくなる北米の衝突安全基準をクリアできなかったことなどがその理由である。しかし、マツダはその間、北米を中心とした度重なる市場調査によって潜在需要が非常に期待できることを掴んでおり(計画自体何度もお蔵入りの危機に遭っていたが、最終的にこの調査結果があったので発売できた)、自動車業界の冷ややかな予測に反し、発売後瞬く間に世界中で大反響を呼んだ。

このヒットにより、欧州の主要メーカーが同様のロードスターを次々とリリースするきっかけとなった。その中には、かつて同様のスポーツカーを発売していた懐かしいブランドMGも含まれていた。

ユーノス・ロードスター以降に発表されたオープン2シーター

BMW・Zシリーズ(Z3、Z4)
メルセデス・ベンツ SLKクラス
スマート・ロードスター
フィアット・バルケッタ
ホンダ・S2000
ホンダ・ビート
MGローバー・MGF
日産・フェアレディZ(ロードスター)
ポルシェ・ボクスター
トヨタ・MR-S
ポンティアック・ソルスティス
サターン・スカイ/オペル・GT
かのライトウェイトスポーツカーの名門ロータスが、「我々の作ろうと思っている車が間違いではないと証明してくれた」と語ったとされ、本場のメーカーを唸らせるほどその完成度は非常に高かった。生産技術の優秀さや性能に対する低コストぶりなど、技術面での評価が目立つ日本車において、車造りの「思想」という面で世界に多大な影響を与えた稀有な存在である。

2000年には生産累計53万1890台を達成し、「世界で最も多く生産された2人乗り小型オープンスポーツカー」としてギネスブックに認定を受けた。また2004年には、生産累計が70万台の大台を達成したとして再度ギネスブックに申請。2007年1月30日には80万台を達成し、三たびギネスへの申請を行なっている。

道路渋滞が多い現代の日本では、新車で販売される自動車のトランスミッションはほぼ100%がATであるが、この車はその性格故にMT車が圧倒的に多かった。初代では実に8-9割、2代目も6割強がMT車である。しかし、3代目からATが6速化され、また代を経るに従って高年齢層のオーナーが増えたことなどもあり、現在の販売では逆転している。


歴史

初代 (NA型)
ユーノス・ロードスター(初代)

初代は、排気量の違いによって大きく二世代に分類される。

まず、1989年から1993年に発売された1600ccエンジンを搭載するNA6CE型(末尾のEはEunosのE)と、1993年以降に発売された1800ccエンジンを搭載するNA8C型である。NA8C型では、国内外からの1600ccエンジンのパワー不足を指摘する声を反映し、エンジンを1800ccに容量アップした。これに伴い、ブレーキやボディの補強、デフの大型化が実施された。トルクは増加したが、同時に前記の理由により重量も増加したことと、最高トルク発生回転数が低いことから、旧1600ccに比べて走行性能にさほど大きな差は無い(パワーウエイトレシオはNA6CE型で7.1kg/ps、NA8C型で7.6kg/ps)。

この車のデザインには、「日本の伝統」をモチーフにしたものが多い。まず、フロントマスクは能面のひとつである「小面」にインスパイアされており、シート表面のパターンは畳表の模様、そしてリアブレーキランプは江戸時代の両替商が使った分銅の形(現代日本の地図記号で「銀行」を表している)、といった具合であり、基本はイギリス・イタリアのライトウェイトスポーツカーのデザイン文法に則りながらも日本のオリジナリティを主張している。また、リアコンビネーションランプ(ブレーキ、ターンシグナル、リバースの異なる色の各ランプを一体成形してある)はそのデザインの良さと機能性の両立を評価され、ニューヨーク近代美術館 (MoMA) に展示・永久収蔵されている。

エンスージアストの中には、重いNA8C型 (990kg) より軽く (950kg) エンジンの噴け上がり感が軽快なNA6CE型を好む者も少なくない。

2004年、辛口の批評で有名な米国のスポーツカー専門誌、スポーツカー・インターナショナルの選出したベスト・スポーツカー1990年代部門で第一位を獲得した。

20世紀に生産された乗用車の中から、世界32ヶ国、約130名の選考委員により選び出すカー・オブ・ザ・センチュリーでベスト100に入った。日本車でベスト100に選ばれたのは、トヨタ・セルシオ、トヨタ・カローラ、日産・フェアレディZ、マツダ・RX-7、ホンダ・シビック(いずれも初代)、ホンダ・NSXのみである。なお、ベスト100からべスト26に絞り込む段階で、日本車は全て脱落した。


2代目 (NB型)
マツダ・ロードスター(2代目)

1998年にモデルチェンジし、2代目となった。初代の販売系列であるユーノス店がマツダディーラーの統廃合で吸収閉鎖された為、マツダ・ロードスターの名前での販売となった。初代のアイデンティティの1つであったリトラクタブルライトは軽量化やヨー慣性モーメント低減などのため廃され、サイズは大きくなることを嫌った設計陣の意地でカタログ上全幅が5ミリ(実車は3ミリ増)広くなったのみに抑えられた。デザインはグラマラスでなおかつ初代に比べ近代的なものになった。走りはサスペンション・ジオメトリーの見直しと補強の追加で、確実な進歩を遂げたと評され、初代よりもボディ補強、安全装備などの増加で避けられないはずの重量増を各部の徹底的な見直しにより最小限に抑えたこともあり本来の軽快感は損なわれていない。内装の質感も向上した。初代ではデリケートな取扱いが不評であったリアのビニールスクリーンもガラス製へと変更された。オプション販売されている脱着式ハードトップは初代 (NA型)から共用してこの2代目(NB型)にも装着可能になっている。 また、2代目では初代の途中で廃止された1600ccエンジンを搭載するモデル(MTは5速)が復活し、可変吸気システムを搭載し改良された1800ccエンジンを搭載するモデル(MTは6速)とともに販売された。1600ccエンジンを搭載するモデルはNB6C型、1800ccエンジンを搭載するモデルはNB8C型である。

2000年にマイナーチェンジ(一般にNB2型と呼ばれる)が行われ、フロントマスクを中心にエクステリアに手が加えられ、座席シートの軽量化とデザイン変更、メーターパネルのデザイン変更、インパネの樹脂パネルの質感も全面的に向上した。内部的にはボディの要所にガセットプレートなどの補強部材が追加されボディ剛性をより一層強化。装備面でもキーレスエントリーの採用や、センターコンソール周辺のデザインの見直しなどが行われるなど、その内容は充実したものであった。 このマイナーチェンジでは、1800ccのエンジンの可変吸気システムが廃され、その代わりにマツダの可変バルブタイミング機構であるS-VT機構が搭載され、馬力・トルクともに向上している(ただし、ハイオクガソリン仕様となった)。 その後、衝突安全性の向上、新騒音・排ガス規制対応および燃費向上のため、NB3型、NB4型とマイナーな変更が施された。

モデル末期の2003年には、限定車ながらターボを搭載し、さらに馬力・トルクを向上させたモデルも販売された。また同時期に、溶接された屋根を追加しクーペのスタイルとしたモデルも限定車ながら販売された。余談ではあるが、このクーペボディの販売名は「ロードスタークーペ」であり、一般名詞としてのroadsterとcoupeから考えると矛盾した名称となっている。しかし、ダイムラー・クライスラーも同様に、スマート・ロードスタークーペも発売したこともある。


3代目 (NC型)
マツダ・ロードスター(3代目)

2005年8月25日に発売された。全幅は5ナンバーの最大幅である1700mmを超えて1720mmとなり、3ナンバーとなった。エンジンは国内・米国仕様は2000cc自然吸気エンジンのみで、欧州市場のみ税制の関係で1800ccも設定されている。国内モデルのトランスミッションは5速MT(標準モデルのみ)/6速MT (RS/VS)/6速AT(標準モデル/VS、VSはパドルシフト付)となっている。プラットフォームは、NCプラットフォームが用いられた。前回のモデルチェンジでは基本コンポーネントをほぼ引き継いでいたが、今回はプラットホームから一新されたため、このモデルチェンジを「真の意味で初めてのモデルチェンジ」とする評論家やファンもいる。

2005年11月には、2005-2006年日本カー・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。マツダとしては1982年-1983年のカペラ/フォード・テルスター以来の受賞となる。

2006年7月18日から開催された英国国際モーターショーで、MX-5 ロードスター・クーペが出品された。車名は「Mazda MX-5 Roadster Coupe」(欧州)、「Mazda MX-5 (Miata) Power Retractable Hard Top」(北米)、「マツダ ロードスター パワーリトラクタブルハードトップ (RHT) 」(日本)。このクルマは幌ではなく電動格納式ハードトップを搭載している。開閉速度は約12秒で世界最速。またルーフをシート後方にトランクとは独立して収納することにより幌のモデルと同じトランク容量を確保している。重量の増加はソフトトップモデルに比べて37kgに抑えられている。日本では2006年8月23日に発売された。
posted by たろ at 17:48| マツダ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月16日

MPV

マツダ・MPV(Mazda MPV) はマツダが製造・販売するMPV(Multi Purpose Vehicleの略でミニバンの同義語)型の普通乗用車である。マツダ・ロードスター同様、自動車のスタイルの呼称をそのまま車名に用いている。
マツダの中古車オークション情報


初代(1989-1999年)MPVの新車値引き


1988年北米向け専用車として生産開始。初代モデルはルーチェをベースとしたFRだった。プラットフォームはマツダ・LVプラットフォームを採用。

1990年国内販売開始。エンジンはV6・3000ccのみ。

1995年にマイナーチェンジを行い。2500ccWL型のディーゼルターボ搭載車及び走行中に切替が可能なスーパーデュアル4WD搭載のグランツシリーズをラインアップした(グランツシリーズはディーゼルのみ)。このスーパーデュアル4WDは、そこらの中途半端なSUVより数段上のオフロード走破能力を備えていた。

なお、1991年から1997年まではアンフィニ・MPV (fini MPV)として販売されていた。



2代目MPV(マツダ)(1999-2006年)



MPV(海外仕様、1999年版)

MPV(海外仕様、2003年マイナーチェンジ版)1999年6月24日 9年ぶりのフルモデルチェンジを行う。キャッチコピーは「最高の時間を運ぶもの」

駆動方式はFF、後席のドアはパワーウィンドー内蔵両側スライドドアとなり、エンジンを新開発の直4・2000ccとフォード製のV6・2500ccをラインアップした。プラットフォームはマツダ・LWプラットフォームを採用。

1999年11月 4WDを追加(X6車)し、2000年1月より発売

2002年4月 マイナーチェンジを行い、インテリアとエクステリアのデザインを変更。後期型MPVの最大特徴である電動両側スライドドアをオプション設定し、エンジンを後にアテンザに搭載される新開発のMZR型直4・2300ccとトリビュートに搭載されているV6・3000ccに変更した。同時にX6車の変速機は5ATに進化した。同時に会社のキャッチコピーである「ZOOM-ZOOM」の宣伝開始。

2002年12月 ローダウンサスペンションなどのエアロパーツを装着した特別仕様車「Aeroremix(エアロリミックス)」を設定。 その後MPVの人気グレードとなったため、翌年10月のマイナーチェンジでカタログモデルに昇格。

2003年10月 マイナーチェンジを行い、エクステリアとインテリアのデザインを大幅に変更し質感を高めた。また2300ccのエンジンの性能もアップした。2002年に追加された特別仕様車「Aeroremix」はカタログモデルに昇格。

2004年9月 一部改良を行いRX-8に先行採用されたリトラクタブルキーとイモビライザーを全車標準装備とした。(イモビライザーは「B」のみ除く)

初代モデルは国内ではそれほど支持は得られなかったが、この2代目は独特のおおらかな雰囲気や使い勝手の良さでヒットモデルに成長した。また度重なる改良で商品力を低下させなかったこともその要因だろう。

MPV中古車情報



3代目(2006年-)MPVの中古車選び


2006年2月2日発表。キャッチコピーは「DRIVER'S MPV」

エンジンはV6が廃止され、全車直4、2.3Lの自然吸気または「DISI」と呼ばれるガソリン直噴ターボエンジンとなった。トランスミッションは4WDとターボが6AT、自然吸気のFFが4ATと組み合わされる。。プラットフォームはマツダ・LYプラットフォームを採用。

1代目、2代目とは違い、北米には輸出されない。(MPVより小さい新型プレマシー(Mazda 5)は輸出)。輸出仕様のネーミングは「Mazda 8」となり、香港を皮切りに、アジア、欧州へ輸出される模様。北米向けの後継車はクロスオーバーSUVのCX-9となる。

マツダで初めてテレマティクスサービスのマツダ G-BOOK ALPHAを採用した(2003年にマツダはトヨタ自動車とG-BOOK関連において提携した)

先代に比べボディサイズは大型化されたが、最小回転半径は同じ5.7mにとどめた。2代目日産・プレサージュと同様全車8人乗りとなったが、セカンドシ−トにはベンチのもキャプテンにもなるKARAKURIシ−トが引き続き採用されている。座面幅を拡大することで、ベンチ時の3人掛けを可能にしている。

サ−ドシ−トの格納方式は床下格納から前倒し式に変更された。また6:4分割格納が可能になった。
posted by たろ at 23:44| マツダ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月12日

アテンザ

アテンザ(ATENZA) はマツダが製造・発売する普通乗用車。カペラの事実上の後継だが、最上級車と言う意味もあった為か、2003年からミレーニアの後継車となった。



カペラ、クロノス時代を通して、欧州、とりわけドイツでの評価が常に高いことも特徴のひとつ。



2002年5月20日発表(マツダにとってはトリビュートが発表された2000年10月以来1年半ぶりの新型車である)



ヨーロッパ市場との関係などで全幅が1780mmあり、エンジンの排気量にかかわらず全車3ナンバーとなる。

アテンザは全車、防府工場(山口県防府市)で製造されている

海外ではMazda6の名前で販売されている。

マツダの得意分野である「走る楽しさ」を具体化し、デザインや走行性能に力をいれ、自動車評論家や自動車ファンの評価も高く、国内では2002年RJCカー・オブ・ザ・イヤーなどの受賞を始め世界中で70以上の賞を受賞した。(2004年現在)

また、スポーツモデルの23Z(セダン除く)発売記念としてリュック・ベッソンが監督が手がけた、アテンザのショートムービー「RUSH」(ラッシュ)もネット上で公開された。

2006 年ドイツ自動車顧客満足度(CSI)調査で、アテンザは最も高い861ポイントのスコアを獲得した。

アテンザの新車値引き


メカニズム

エンジンは直列4気筒DOHCのLF-DE型2000cc、同L3-VE型2300ccがある。欧州仕様車にはRF-CDT型コモンレール2000ccディーゼル・ターボも搭載される。(こちらはマニュアル車のみ)

国内にはAJ型V6の設定は無い。

「マツダスピード アテンザ」には、新開発L3-VDT型2.3L直噴エンジン直噴ガソリンターボエンジン「MZR 2.3 DISI(ディジー) TURBO」、電子制御アクティブトルクコントロールカップリング4WDシステムを搭載(DISI(ディジー):Direct Injection Spark Ignition)。マツダ・アテンザのフラッグシップ的存在として、アメリカ・欧州・日本を中心としたアジア地域にアピールする狙いがある。

駆動方式はFFのほか、四輪駆動がある(スポーツワゴンとMSPアテンザ)。

発売当初はトランスミッションは4速AT(グレードにより、アクティブマチック付、アクティブマチック無し)のほか、スポーツ(5ドア)、スポーツワゴン2300ccのFFにMTが、スポーツワゴンの四輪駆動に5速ATが採用されていたが、2005年6月のマイナーチェンジ時から、2000ccと2300ccのATすべてにアクティブマチック5速AT、MTは6速MTとなった。主にフロントの外装デザインの変更、内装の質感向上、発売当初から定評のあったボディ剛性、走行性能の更なる向上が図られた。

プラットフォームは、マツダ・GGプラットフォーム(セダン、スポーツ)およびマツダ・GYプラットフォーム(スポーツワゴン)を採用。

都内ではルーチェ・センティアからの代替によるマツダ車の個人タクシーユーザーを取り込もうとしているせいか、個人タクシーで4ドアセダンを使用している。 宮城県警ではセダンをパトカーとして導入している。

アテンザスポーツワゴンの中古車選び


歴史

2002年

1月 - アメリカ・デトロイドで開かれた北米国際自動車ショーにMazda6(日本名:アテンザセダン)を出展。

1月31日 - アテンザに搭載されるNewI4エンジンの生産を広島市南区の新エンジン工場にて生産開始。

2月14日 - 防府工場(山口県防府市)で第1号車をラインオフ。

3月5日 - ドイツで開かれたジュネーブモーターショーにMazda6スポーツワゴン(日本名:アテンザスポーツワゴン)を出展。

5月20日 - アテンザを発表。セダン、スポーツを発売開始

6月24日 - スポーツワゴンを発売開始。

2005年6月23日 - マイナーチェンジを実施。メカニズムの変更と、細部の質感が見直された。同時に「マツダスピードアテンザ」(セダンの高性能版)の先行予約を開始。予約者に対してはレザーシートのカラー選択(期間限定)とオリジナル本皮車検証ケースが贈呈された。


posted by たろ at 15:21| マツダ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月25日

アクセラ

アクセラ (AXELA。輸出名マツダ3(Mazda3))は、マツダの中型自動車である。長年親しまれた「ファミリア」(北米輸出名「プロテジェ」、欧州など輸出名「マツダ323」)に代わる世界戦略車として、大幅に拡大し、性能を引き上げて開発された。2種類の車体形状を用意し、ファミリア同様、日米欧の3極をはじめ世界展開される、同社の中核車種である。

ボディは4ドアセダンの「アクセラセダン」(2004年にアクセラから車名変更)と、5ドアハッチバックの「アクセラスポーツ」がある。
特にヨーロッパにおけるCセグメント車の市場を見据えて基本設計され、近年の大型化の流れを受けて全幅は1745mmあり、エンジンの排気量にかかわらず全車3ナンバーとなる。
製造は防府第1工場(通称:H1、山口県防府市)、宇品第2工場(通称:U2、広島県広島市南区)で行われている。
欧州でのCセグメントというVWゴルフVやプジョー・307、オペル・アストラ等の超激戦区に本格投入された日本車の代表格。走りにこだわる欧州のユーザーに高い評価を得ており、2004年の欧州カー・オブ・ザ・イヤーにてVWゴルフと並ぶ同率2位(日本車中1位。総合1位はフィアット・ニューパンダ)を獲得。アテンザに並ぶ新生「マツダ」の代表格となっている。2005年度にマツダはさらなる増産を決定。2006年8月末時点で国内生産累計台数は100万台を突破した。生産開始から3年2ヵ月での達成は、マツダ車として過去最短記録である。

メカニズム
エンジンは直列4気筒DOHCのZY-VE型1500cc、同LF-DE型2000cc、L3-VE型2300ccがある。
トランスミッションは1500cc及び2000ccの4WD車に4速AT、2000ccのFF車及び2300ccのNA車に5速ATを搭載する他、1500ccのNA車と2300ccのターボ車(マツダスピード アクセラ)にのみMTがある。以前は2300ccのNA車もMTが選択できたが、現在はATのみとなっている。輸出仕様では全ての排気量でMTが選択できる。
プラットフォームは、フォード・フォーカス、ボルボV50/S40と同様、フォード・C1プラットフォームを採用。
posted by たろ at 08:42| マツダ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月10日

RX-8

RX-8(アールエックス・エイト)は、マツダの自動車で4人乗りスポーツカーである。
RX-8/自動車セレクション

ロータリーエンジンを搭載し、RX-7の後継車としてではなく、新規車種として2003年に発売が開始された。プラットフォームは、マツダ・FEプラットフォームが用いられた。名称を見ると、FD型RX-7の後継プラットフォームに見えるが、設計はFDから一新されている。

マツダ:RX-8」と名付けられた車が最初に発表されたのは、2001年のデトロイト・ショーでのことであるが、これに先立ち1999年の東京モーターショーでコンセプトカー「RX-EVOLV」が公開されており、外観はこの流れを引き継いでいる。

RX-7の後部座席は「ワンマイルシート」と呼ばれる補助的なもので、乗員の長距離移動には不向きであったが、RX-8 では「ファミリースポーツ」という新たな分野を掲げ、大人4人が乗るに堪える形での登場となった。

4人乗りで、スポーツカーとしては珍しく4枚のドアを備える。この4枚ドアはフリースタイルドアと呼ばれ、前後が観音開きになり、後方部分は前部が開くことによって初めて開閉が可能となり、前部が後部ドアをロックする役割も兼ね備えている。また、他社に先駆けピラーと呼ばれるボディーの上下を結ぶ骨組みをドアに組み込んだビルトインピラー によりピラーレス構造を実現。広い開口部はさらに斬新さを助長した。

セーフティ面においても国土交通省による衝突安全性能総合評価において運転席、助手席とも最高ランクの6☆を獲得自動車アセスメント情報安全性能試験結果詳細データ(Type S)し、ブレーキ性能試験においても100km/hからの停止距離が38.6m(湿潤時は44.4m)とトップクラスの性能を実現している(但し全ての自動車を評価しているわけではないので注意が必要)。

かつてのRX-7などの本格的スポ−ツカ−と比べて、エンジンの馬力は少なく、速さもないが、NAロ−タリ−ならではの爽快な吹けあがりや運転の楽しさなどで、新たなファンを獲得した。
posted by たろ at 11:58| マツダ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする